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日本人の歴史意識―「世間」という視角から (岩波新書)

価格: ¥756
カテゴリ: 新書
ブランド: 岩波書店
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【セブン-イレブンで24時間受取りOK・送料0円!】 著者/訳者名:阿部謹也/著 出版社名:岩波書店 シリーズ名:岩波新書 新赤版 874 発行年月:2004年01月 関連キーワード:ニホンジン ノ レキシ イシキ セケン ト イウ シカク カラ イワナミ シンシヨ シンアカバン 874 にほんじん の れきし いしき せけん と いう しかく から いわなみ しんしよ しんあかばん 874、 イワナミ シヨテン イワナミシヨテン 0365 いわなみ しよてん いわなみしよてん 0365、 イワナミ シヨテン イワナミシヨテン 0365 いわなみ しよてん いわなみしよてん 0365 歴史好きだといわれる日本人だが、その一方で歴史意識の欠如が問われることも多い。日本人にとって歴史とは何だろうか。これまで「世間」という視角から日本社会・日本人を論じてきた著者が、西欧社会と比較しながら、「世間」を歴史侵に分析して、日本人の歴史認識の根底にあるものは何かを考察する。 第1章 古代の知識人と
歴史から何を学ぶか ★★★★★
歴史から何を学ぶかは、とても難しい。
歴史をどう学ぶかが確立していないと、
人が書いたものを鵜呑みにするだけになってしまう。
「世間」という視点は、鵜呑みの一つではないだろうか。

世界史と日本史という、歴史の学び方にも問題はないだろうか。

自分の経験では、時間と空間を学ぶといういみでは、電磁気学を学んでから歴史を学ぶと、
すごくいろいろなことが分ったので、歴史の学び方というところへ、もっと切り込んでもいいのではないかと思った。
日本・時間・歴史 ★★★★★
 阿部謹也の世間論をもって日本でもやっと個人の内面ということが考えられるようになってきた。
 特に戦後、なぜ多くの人がコロっと転向したのかという謎を考える上でも興味深い議論である。
 阿部氏がその思想、主張と行動を一貫して行った人だということはよく知られている。
 無論それが氏の寿命を縮めてしまったのかもしれない・・。
 それに対し、主張と行動の食い違うインテリたちがこの国にはなんと多いことか。
 特に日本人の歴史意識が円環的だという指摘は示唆に富む。
 現代の日本の西洋学者達でも素朴すぎるまでに歴史循環論を信じている現状を見れば尚更だ。
 本書にはマルクス主義史学者EHカーに対する批判も含む。
 そのためカーが復興しつつあるリベラルな学者世間には絶対に許せないのかもしれないが。
 いくつかの点を除いて難しい知識がなくても読めるため、学生や社会人にお勧めできます。
阿部歴史学入門書 ★★★★☆
欧米人の歴史意識を「直線的」、
日本人の歴史意識を「円環的」
と捉えたところは納得したところでもあり、
またしかし、他の学者たちも論究しているところでもあります。

新書一冊にしては内容が過密に思えましたし、
「世間」を論じるには論考は不十分でした。

しかし、だからこそ、自分自身でいろいろと考えるところもあり、
(そして阿部氏の他の著作も読んでみたくなった、ということもあり)
阿部歴史学の入門としては良書かと思われます。

日本におけるドイツ中世史さらには社会史を切り開いていった
阿部先生の「遺言」として本書を受け取りたく思います。
日本人の”歴史観”について、反省と同時に希望も与えてくれる本 ★★★★☆
 著者の視点は、日本人の歴史認識について反省と同時に希望も与えてくれるもので、とても勉強になりました。

 反省的視点としては、例えば、日本は「個人」ではなく「世間」の世界なので、一般人は神話的な歴史観以外の歴史観は理解できない。学問としての歴史は明治以後に自然科学と同様な理解の下に西欧から輸入されたが、西欧的個人の概念を理解していなかったので、その価値を生かしきれず今日に至っている、等々。

 一方また、「世間」を対象化することで人間を他の自然と対立させた、収奪的でもある西欧的な個人ではなく、日本的「個人」を、ひいては日本的「歴史意識」(つまり生き方と言う意味が含まれているのだろうと思います)が作られることが可能であるともいっておられるのではないかとも思いました。

著者は「世間」の外にいるのか? ★★★☆☆
日本という国では、昔から「世間」が人々の生活を枠付けるモラルの基盤であった。「歴史」はというと、自分たちの外部にあり、たまに顔を出してはやがて忘れ去られるものであった、というのがこの本の著者の主張である。さらに、私たちは今こそ狭い「世間」の枠組を対象化し、「歴史」に向き合うべきだ、という提言がなされている。

なるほど、と思った。が、説得力がない。著者の『「世間」とは何か』は、私たちがふだん漠然と抱いている思いや感覚の意味や意義を、古典文学を多用しつつ解読した名著だった。今回は失敗である。「日本人」の「歴史意識」などという巨大(誇大)なテーマを、「世間」というひとつのキー・ワードだけで考証しつくせるわけがないではないか。学者としてのモラルが問われるところだ。本書の後半なんか、学者世間のグチばかりが頻出して、この本で勉強しようと思って読みはじめた私は、興ざめしてしまった。

この本は、学者として広い「世間」に認められた人間にしか書けない本だ。議論が多少はずさんでも、「作品」として通用してしまうのだ。これを「権威」という。そしてこのレヴューのような見解は支持をえられない。だって、「世間」の価値にのっとっていないから。