20世紀の理論物理学と共に歩んだ風変わりな天才。
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反物質の存在を予言したディラック方程式で有名なイギリスの理論物理学者で「第二のアインシュタイン」とも「ニュートン以来の偉大な物理学者」とも呼ばれたポール・ディラック。意外なことにその生涯について書かれた本というのはあまりないようで、私もこの本で初めてディラックの人となりについて知った。
横暴な父親と息子に依存気味の母親、自殺した兄という複雑な家庭環境、そのせいか他人にあまり共感できず普通の世間話というものすら成立しない性格、しかし人嫌いというわけではなく一度認めた友人のためには徹底的に尽くすところがあり、その友人に勧められて映画やアウトドアといった趣味を広げていき、一方で生涯どの季節でもどこに行っても保守的なスーツ姿を貫き通し、何十年も同じコートを着続けたとか、理論の数学的な美しさに重きを置くあまり後のファインマンらのくりこみ理論を醜いとして許容できず、一人で量子力学と相対性理論を統合する理論の研究に打ち込み次第に孤立していったとか、そういったエピソードの数々が膨大な資料を用いて綴られており、行間から作者のディラックへの愛情すら感じられる。
またディラックは1902年に生まれて1984年に亡くなっているのだが、アインシュタインの相対性理論を読んで物理学と数学に目覚め、ボーアらの薫陶を受け、30代でシュレディンガーと同時にノーベル賞を受賞し、ケンブリッジでの同僚にはラザフォードやオッペンハイマーらがおり、後に記した量子力学の教科書はファインマンらに影響を与えたという、脇を固める登場人物もそうそうたる顔ぶればかりで20世紀の理論物理学の歴史という側面からも読むことができる。
著者は理論物理を学んでいるようで理論の説明もわかりやすく、文章も大変読みやすい。参考までに、タイトルの「The strangest man 」はボーアによるディラックを評した言葉から。邦訳も出るようだが、こちらはちょっと違ったタイトルになっていたりする。
ハイゼンベルク・シュレーディンガー・ディラック
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キンドルで読んだ2冊目の本。読み始めたら面白くて3ヶ月ほどかけて読み終えた。
ディラックは29歳でアイザック・ニュートンが占めていたケンブリッジの教授職に就き、1933年31歳でシュレーディンガーと共にノーベル物理学賞を受賞した。(「新しい有効な原子論」が理由。同年ハイゼンベルクも受賞)
とんでもない天才だが、ガウスほどではないが家庭的には恵まれていない。
この本ではディラックの量子力学での業績はもちろんだが、彼の「奇妙さ」も余すところなく描いている。(ケンブリッジ大学での正餐の時、隣の学生が「ちょっと雨が降ってるね」と話しかけた時、ディラックは黙って立ち上がって窓まで行き、戻ってくると「今は降っていない」と答えた、という話が気に入っている。)
ディラックのこともほとんど知らなかったし理系は苦手だが、ディラックに最初に相対性理論を教えたと本書にあったC.D.ブロードを調べ、やはり相対性理論は押さえておかねばとアインシュタインに再挑戦し、とうとうライヘンバハに行き着いた。
イギリスのアマゾンを覗いたら、レビューが30を超えていたので日本で1番初めに書くことにした。