9.11前夜までの半世紀を描いた軍事ドキュメント・スリラー
★★★★☆
“マスター・ストーリーテラー”フレデリック・フォーサイスが’03年に発表した作品。本書のタイトルにもなっている、主人公で51才の弁護士デクスターのコードネーム「アヴェンジャー」とは、「復讐者、仇を討つ人」という意味がある。
このアヴェンジャーに託された仕事は、ボスニア紛争時の’95年5月にボランティアとして現地で働いていたアメリカ人の学生をなぶり殺しにした後、南米の某国に高飛びしたユーゴ・マフィアでセルビア人の男・ジリチを捕らえることだった。
ここで物語は、若き日のデクスターのベトナム戦争従軍時のべトコンに対する苦闘の様子や、チトー亡き後の旧ユーゴのミシェロビッチ時代の民族紛争の詳細が綴られてゆく。この半世紀にわたる描写は上巻の大半と下巻の半分にもおよび、ラストのアヴェンジャーの単身で現地に潜入して、ジリチを逮捕するという結末に結びついてゆく。
例によって綿密な取材力と分かりやすく読みやすい抜群のストーリーテリングで、フォーサイスは半世紀にわたる国際紛争の実態(これは私にとって大変勉強になった)と、アヴェンジャーによるCIAのテロ対策本部を相手取ったジリチ確保の闘いをドキュメンタリー・タッチで描ききっている。アヴェンジャーの緻密な準備段階からラストの、たったひとりで厳重な警備体制を崩してゆく作戦行動は圧巻である。
本書はそんなアヴェンジャーの活躍を通して、9.11前夜までの、戦争と紛争に彩られた半世紀をフォーサイス流に描いた、“軍事ドキュメント・スリラー”の傑作である。
フォーサイス久々の快作
★★★★★
これは面白い。状況設定に無理がなく、復讐譚ながら後味もよい。
フォーサイスというと、リアリティを出すためか、登場人物や物語の背景説明が長く細かくて閉口することも多いのだけれど、この小説の場合はほどほどで収まっている。
「ジャッカルの日」「オデッサファイル」のフォーサイスに戻った感がある。快作。
静かな興奮とリアルなサスペンス
★★★★☆
上巻を受けて下巻では、実際のアヴェンジャーの、強固な要塞への潜入行動〜ターゲットを生きたまま米国当局に引き渡すまでの脱出行動が描かれる。
そのプロセスと描写にはフォーサイスならでは、の静かな興奮とリアルなサスペンスが溢れていて、一気に読み進めることができた。
強いて言えば、他のレビュワーさんも書いておられるが、依頼人の私怨(それもかなり金持ちならでは、の)に対する主人公(アヴェンジャー)の淡々としたコミットメント(金のためだけ、という印象)に、やや感情移入しきれないところは私にもあった。
しかし、その感情移入しきれない混沌、淡々としたコミットメントを前提にした危険行動が世界中に溢れていること、それがテロの世紀ともいえる現代の病巣だとフォーサイスが警告しているとすると、奥が深いと唸らされる。
テロリズムの時代を背景にした迫真の政治・軍事スリラー
★★★★★
ボスニアで惨殺されたアメリカ青年にたいする復讐を請け負った「アヴェンジャー」というコードネームの元軍人の話と思って読み進んでいくと、途中からCIAの対オサマ・ビン・ラディン殺害作戦がからんでくるまことに面白いストーリーである。「アヴェンジャー」のセルビア人悪党ゾラン・ジリチを捕まえる作戦が精緻この上もなくおもしろい。ベトナム・ボスニア等における悲惨な政情、テロリズムに対する考察など著者一流の観察(裕福なインテリの憎悪がテロを引き起こす)も参考になった。ストーリーの組立は精密に構築された建築のようで、謎解きの要素もあるので、休日に一気に読むことをお勧めする。
まあ、つまらなくはないかな。
★★★☆☆
久しぶりのフォーサイスの長編、どうかなあと思いつつやはり手に取らずにはいられなかった。2段組にすれば充分1冊で収まる長さだが、上下分冊でこの価格。良心的な価格設定ではありませんね。
肝心の内容だが、露骨な伏線的エピソードが並べられた前半は、部分的に興味深い描写があるもののあまり快調とは言い難い。物語が一気に動に転じる下巻途中からはさすがに読ませるが(この辺の静から動への転換は「戦争の犬たち」に似ていなくもないか。もちろん作品の出来はあちらのほうが圧倒的に上だが)、そんなにうまくいくかな、と読んだ人は皆つっこみのひとつやふたつ入れているだろう。難しいことは抜きにして、これが今のフォーサイス流エンタテインメントなのかもしれない。
あと、本の半分以上を覆う帯の煽りに「全ては9.11に至る道だった」みたいな記載があるが、同時多発テロに向かって直接的に収束していくような物語ではないので、その辺に興味を持って読み始めた方は肩透かしになるかも。
結局つまらないのか、といわれれば「まあ、つまらなくはないかな」という答えに個人的にはなる。でも価格も高いし、評価としては星三つというところだと思う。