召集令状のカラクリへの告発状
★★★★☆
■ 【『遠い接近』に清張自伝を見破る 】
ミステリー作家の松本清張は、92年に82歳の生涯を閉
じた。41歳からの作家活動は、(40年で)1000点の作品
数と言う。実に、月に二冊という驚異的なペースである。
それらの中の、『遠い接近』になるミステリーの主人公
「山尾信治」に、著者は、清張の素顔を見出したことを軸
足に、本書を著している。(清張には半自叙伝としての
「半生の記」があるのだが)
■ 【文藝春秋の清張担当 】
著者は、’65年に文藝春秋に入社後、五年後に清張の
「古代への探求」担当となり、その後中断するも再度、編
集者として清張自宅に足繁く通う内に、時には、作品の
構想を聞かされたり、取材の同行を求められたりで、そ
れが清張作品の思わぬ背景を知る(編集者の)役得と
なったと「はしがき」に著わしている。
■ 【召集令状は如何に発行されたか? 】
清張は、34歳の時に召集令状を受け朝鮮半島に出征し
ている。正に、敗戦の一年前、家には両親と妻と子供三
人の七人家族の大黒柱で、家長であるに拘わらずであ
る。どうも近所や職場での「教練」出席率の悪さに眼を付
けられたらしい?「(三十歳を超えた)自分を招集したの
は、何故か?」と言う疑念を持ったまま戦場送りとなり大
日本帝国の軍隊生活を体験する。
■ 【学会・官僚などへの反権力と人間観察 】
自分の生立ちから、弱者、虐げられたものへの優しい視
点を持つ人間観察。召集令状によって駆り出された軍隊
生活と背景にある国家権力が醸成する市民の官僚体
質。そこから更に権力の不正と腐敗への激しい憤りをミ
ステリー小説にして、千の作品としたのだ。口述記録こ
そしたが、決してゴーストライターを置かなかったことなど
も著者は、指摘している。改めて、清張作品を見直す視
点を提供してくれている。
文豪の原点
★★★★★
松本清張の「半生の記」にはさらっとして書かれていない戦争体験が、実はその後の彼の反体制的な態度につながるという内容で、従来の清張論にはなかった斬新な視点でした。それだけでなく、編集者として生身の作家と長く接してきた経験から、現場を重視する彼の執筆過程やコンプレックス、無邪気さなどがありのままに記述され、清張の世界が一段と身近に感じられるようになりました。清張ファンにはおすすめです。
不可解な召集令状の裏に何があるのか?
★★★★☆
三十を過ぎて召集令状が、松本清張の元に届くという記述から、この本は始まります。
この時、清張は一家七人を支える大黒柱でした。
この不可解な召集令状の裏に何があるのか?清張の「遠い接近」を中心に、その謎が解き明かされます。
その権力の理不尽さに対する怒りは、「社会派推理小説」と言う分野を切り開き、その後に登場する水上勉とともに、「純文学」の終焉と伊藤整に嘆かせます。
確かに、私自身も学生時代には小説=純文学と考えていた節があって、大衆小説と言われる物を読もうとしませんでした。
それが、松本清張を初めとする推理小説から、一気に大衆小説に嗜好が移ってしまいました。
清張には、歴史の謎に迫る作品も多いのですが、これもある意味で史学の権威に対する異論の提示であるとも言えます。
「古代史疑」で読んだ邪馬台国の謎に迫る文章は、わくわくした気持ちで読んだ記憶があります。
この本を読むと、学者たちとの確執が読み取れ、興味深いものがありました。
推奨
★★★★☆
松本清張の生い立ちについては、同氏自身が『半生の記』を著している。本書は清張氏の側にあった森氏による「松本清張の生涯」とも言うべき著作。清張氏の一連の著作について、「謀略史観」と難じる批評家が少なからずいる。しかし、軍隊への入隊から敗戦に至るまでの様々な思い、とくに巨大な権力を握った軍隊という組織の欺瞞性に対する憤りが清張氏の「史観」に投影されているのであろう。権力の魔力と理不尽さとでもいうべきか、善良な市民さえいったん権力の末端に連なると、その理不尽さに自ら加担する。清張氏が逝去されてから久しいが、清張氏が採り上げたテーマは時代を超えて人間性の本質に迫る普遍的テーマである。
松本作品に対する興味を惹起する本として
★★★★☆
松本氏の作品はこれまで読んだことがなく、この間、ビートたけしを主演としてドラマ化された『点と線』を見た程度である。そういう人間にとって、松本作品への導入的役割を果たしてくれるものになりそうだ。著者の森史郎氏は、文芸春秋に勤めていた折に松本氏の担当編集者だった経験を生かし、人間としての松本清張を読みやすい文体で描き出している。松本作品の根底に流れる、巨大権力への対抗心の源流を、氏の戦争体験に求めるのが大きなテーマであり、それが「遠い接近」という小説の起源を解き明かすという形で収斂して、クライマックスとなる。戦争時代には国家と、新人作家時代には文壇と、そして、古代史探求においては学会と衝突しあった反骨精神に満ちた氏の姿勢をうかがい知ることができる。但し、徹底的に資料をかき集め、「松本清張」を客観的に論じるという性格の本ではない。あくまで著者の個人的体験が下敷きにあり、感傷的な回想シーンも多く登場する。松本氏の作品を既に熟読し、いろいろ考えをまとめてきた人にとっては若干、物足りないと思われるかもしれない。