映像も結構だが、肝心の「作家と作品」の研究は?
★★☆☆☆
延々遅れ続けてやっと出たのがこの映像特集号。2010年春の立教大学機関誌『大衆文化』で、本書編集主幹の江藤茂博が「正史は角川商業主義と結び付く事で永く温めていたメディアミクス戦略を体現できたのだ」と大言していたが・・・ただ失笑。角川ブームの根深い弊害で、横溝正史について的外れな扱いが多いのには全く閉口する。
「小説と映画は全く別物」「自作のテレビ化には非常に消極的であり懐疑的」「願わくば原作どおりにやってほしい」
これ全て『真説金田一耕助』で吐露されている正史自身の言葉だ。
ブーム以降の映像についてはまだ寛容に観ているけれども、遂には「もういいかげんにしてえな」と嘆いた。
そうなのだ。正史は「探偵小説一代男」とマニフェストし、小説を書く事のみに執念を燃やした人。メディアミクスを目論んだ事実なんてどこにもない。なのにこうも小説は棚上げして映像最優先ってどういうこと?金田一以外にも耽美物、ヒネリの利いた傑作短編、ユーモア物、由利・三津木シリーズ、時代物、少年物、更に編集者・翻訳者・エッセイストとしての顔等々、正史その人と作品に焦点を合わせる、それが横溝正史研究じゃないの?
おそらく江藤茂博・山口直孝の二人は金田一の有名長篇以外ろくに正史を読んだ事がないのだろう。西口明弘(木魚庵)が参加するとこれだから困る。しかるべき特集で少なくとも5号ばかり出した上での今号の内容だったらスンナリ受け入れられたと思う。読み処がない訳じゃなく正史が翻訳したアルデンの論考とか良い頁もあるだけに、正しい視点を持つリーダーの不在が致命的と言える。
正史没後30年・・・。
創刊号の参考文献目録でわかるように、真っ当なテキスト・クリティックス商業誌は殆どなく、外堀的な映像関連ばかり。
まともな正史文献そして正しいテキストで校訂された全集を、一体いつになったら我々は読めるんだろう?