『Girl With a Pearl Earring』(邦題『真珠の耳飾りの少女』)の舞台は1660年代。オランダ西部の都市デルフトに暮らす裕福なフェルメール一家の様子が中心に描かれていく。この一家の召し使いとして、グリートという控えめだが頭のいい本書のヒロインが雇われたことで、さまざまな波紋がフェルメール家に生じていく。このわずか16歳のヒロインが主人フェルメールと急速に親しくなっていったのがはじまりだった。やがてフェルメールは彼女を助手として取り立て、ついにはモデルに起用することとなる。嫉妬深い画家、絶えず妊娠しているその妻やむっつりした義母などを軸に、一家に漂うなんとも複雑な緊張感をシュヴァリエは見事に再現している。「召し使いとその主人」という関係がやや時代遅れに思えるくだりもあるが、『Girl With a Pearl Earring』には、最終的にうまいと思わせる工夫が凝らしてあるのだ。
シュヴァリエは終始一貫して、明快かつ綿密で鋭い観察力に基づいた見事な筆さばきを披露する。シュヴァリエが画家フェルメールへ捧げるオマージュが、そのきめ細やかな文章から読者にも伝わってくる。毎日グリートがこなす一番単調な仕事の様子でさえ、シュヴァリエの手にかかると控えめな輝きを放ち、幸福感に満ちた光景となる。
シュヴァリエによると、このように詳しく描かれた日常のささいな事柄は、サイモン・シャーマの名著『The Embarrassment of Riches』からヒントを得たらしい。本書は、ここ最近次々と発表された画家をテーマにした一連の作品、デボラ・モガッハの『Tulip Fever』 や スーザン・ブリーランドの『Girl in Hyacinth Blue』の流れをくむものだろう。それにしても、このオランダの芸術黄金時代に題材を見い出した小説はこれからも発表されるのだろうか? この疑問を説くには時間がいるが、現時点で『Girl With a Pearl Earring』は思索的な歴史フィクションであり、画家フェルメールの魅力的な新しい一面を引き出した傑作だ。