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サヨナラ、学校化社会 (ちくま文庫)

価格: ¥714
カテゴリ: 文庫
ブランド: 筑摩書房
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   本書は、義務教育から大学院まで24年間の学生生活を送り、その後、教育者として弱小私学を経て東大大学院で教鞭(きょうべん)をとっている上野千鶴子氏の「脱学校化社会論」である。

   上野氏はまず、天下の東大生を俎上(そじょう)にのせる。東大に“とらばーゆ”し、東大生に接して驚いたのは、彼らがおそろしく素直だったことだという。権威主義を内面化し、評価づけられること、失敗することを怖れる東大生を目の当たりにした上野氏は、その事態を憂い、“東大生シンドローム”と名づけて教育への危機感を募らせる。

   学校はなぜ、失敗を学ぶ場となっていないのか。それは近代の学校の機能が別のところにあるからだ。学校は「偏差値一元主義」という学校的価値を再生産する場となり、その学校的価値は学校空間からあふれ出し、社会へ浸透していった。その結果、「学校化社会」が形成されたが、価値一元化の下での優勝劣敗主義は、敗者の不満とともに勝者の不安をも生んだ。勝ち組みにも大きなストレスをもたらす学校化社会は、“だれも幸せにしないシステムだ”と上野氏は言い切る。

   では、そんな社会を打ち破るにはどうすればいいのか――。“偏差値の呪縛から自分を解放し、自分が気持ちいいと思えることを求め、現在をせいいっぱい楽しく生きることだ”というのが、上野氏のメッセージである。随所に仕掛けられた上野流挑発を存分に味わえる1冊。(清水英孝)

文庫化により、益々軽快に! ★★★☆☆
 「学校化社会」なんて小難しそうなタイトルだが、中身は東大で教え始めた上野教授が、教育について日頃思い感じた事をツラツラと書き連ねている軽いエッセイ集みたいなもの。社会学、教育学、フェミニズムなどの基礎知識は全く要らないし、むしろ専門的な内容を期待するとガッカリする可能性大。

 しかも、親切で分り易い用語注が沢山付いているので、初心者はそれを読むだけでも結構勉強になる。高校生レベルで全然OK、というかそういうレベルの人向け。

 ただ上野さんのスタンス(マルクス主義フェミニズム)が大幅に反映されているので、この本だけ読んで分った気になって、偏った思考様式に染まる恐れも十分ありそうだ。
教育の疑問の数々 ★★★★★
5年ほど経過しているのにも関わらず、古く感じないのは見事な洞察力のたまものだと思います。
実に学校の数々の実態、疑問をバッサバッサ突っ込んでいきます。
学校は「成績=金」という指摘は本当だと思います。
それが、日本の雇用システム「年功序列」だったのでしょう。

他にも読み応えがあったのは、
・学歴社会では男女平等と言いつつもやはり女は不利であることや、
 生存戦略としては学歴なくても女性性を武器にすればいいこと。
 だったら恋愛を教えればいいじゃんと思ってしまいました。
・東大生は別にただ偏差値が高い普通の人であること。、
・レポートにはオリジナリティがない。
 すべて先生の言っていることの要約やネット上で情報収集するのみで
 そこから考えたり判断することがない。
 それに対して現場で情報収集することの大切さ。
・驚いたのは児童虐待。学校的な価値で生きていてそれ以外の価値がないために、
 赤ちゃんに認められなくて虐待をしたというエピソード。
 マニュアル通りにやれば誉めてもらえることしか価値がなかった人の哀れな人の末路ですね。

ただまとまっているとは言いがたいので、説得力があまりないのかもしれません。
だから、他のレビューが辛口なのではないかと思います。
しかし、他の本を読んで、この本の内容を繋いでみるとかなり本質を突いているということがわかります。
平たく言うと ★☆☆☆☆
能力が全て、ということを言葉を変えて繰り返してるだけで実に中身の無い本。
ここまで読んで時間の無駄だったと思う本は久しぶりだ。
最高学府の教授というポストから言われても説得力ありません ★★★☆☆
一時期この人に教わっていた遥洋子の本(東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ (ちくま文庫))に、自信を失いかけた遥がこの人に「あなたと東大生の間には何の違いもないあるのは知識の量の差だけだ」という旨を言われたという件があった(この本に対しても私は批判的だ。詳しくはこの本のレビューを参照して下さい。)。いくらなんでも、これは言われた本人によって美化された言葉だろうと思っていたが、この本でわかった。上野千鶴子、本当にそう思っているらしい。
筆者は端的に言って、底辺の大学の学生と東大生の差というものは、読解力の差だといっている。四流大学生はその能力を今までに身につけられなかったのである(いやいやっ!他にもたくさん彼らは身につけてこれなかったのだと思うぞ)。
しかも、これら2グループを<学力○オリジナリティ×>対<学力×オリジナリティ○>というあの定番の二項対立に落とし込んでいるではないか!もてない男に対しての冷淡な態度でもわかるが、この人は根本の部分で「誰だって人は頑張ればできる!」ということを
猛烈に信じているようである。すべて努力しだいなのであると。

しかし上野自身がいっているのだが、学歴は階級と相関性がある。上野自身も親は医者らしいから、家が貧乏だったとは考えにくい。女性でその当時、大学院までいけたのだからそれは上流階級だったのだろう。
つまり彼女の生き方そのものがその学歴と階級の相関性の信憑性を裏付けているのだ。
にもかかわらず、そのような庶民とかけ離れた自分の経験談をベースに、好きなことをやっていきるということを説いてまわられる。
この人の間違っていることは、自分の経験談でものを語ることだ。それさえなければもっと親身になってこの本を読めたのだが・・・。

好きなことだけやって生きていけるはすなわち、好きなことだけやって生きていけるポストにいる人だけなのである。
だからこの人の本、面白いからといって真に受けてはならない。
この分だとおそらく最近刊行された「お一人様の老後」もおそらく・・・。と思ってしまう。

東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ (ちくま文庫)
どこまで本音か?疑ってかかるべし! ★★★☆☆
学校とは、敗者になる事を本人に受け入れさせる機関であるという刺激的な主張が掲げられている本書。
プルデュー等の研究を元に、現代の学校制度や、学歴、就職、女性論といったナイーブな問題に切り込んでいきます。
いわゆる3流大学にいる学生達が勉強が出来ないのは、本人の努力不足だけでなく、生まれた階層という本人にはどうしようもない力の影響もあり、
逆に、東大進学者に代表されるエリート達が高い学力を持つのは、本人の努力と、
それを可能にする恵まれた階層に生まれた事が原因であるというのが筆者の主張です。
基本的に筆者は弱い者の味方という印象を受けますが、筆者の経歴は、京都大学卒業、現在は東大教授という、
紛れもなくエリートそのものであるので、その点には注意する必要があるでしょう。
ただ、現在よく言われる「格差論」としての側面も本書にはあり、話題も多岐にわたっているので、一読の価値はあると思います。