罪深き犯罪国家と人々を描く大作
★★★★★
メキシコと米国の間を流れる大量の麻薬と金に関わる国家と人間の20年超に及ぶ有様を描いた超大作。
麻薬を動かすメキシコの犯罪組織の一族とそれを取り締まる米国当局の捜査官を中心にストーリーは展開していくが、前者が悪で後者が善というような綺麗な図式ではない。
巨大な金を動かし邪魔するものに対しては家族全員の死で報いる力を備えた犯罪組織は、メキシコの国家や警察組織さえ操る力を持つ。それに対するはずの米国当局も、中南米諸国の共産化を防ぐために、時にはメキシコの犯罪組織は手を結び、各地で悲惨な暴力を繰り広げる。
フィクションなのでどこまで本当かという部分はあるとは思うが、本書の登場人物が何れもあまりにリアルなのでここに描かれていることこそ現実なのではないかと思わされてしまう。目をそむけたくなるような暴力シーンが満載で、気楽に読める作品でないが、スケールの大きさと迫真のストーリー展開を備えた一級の作品だ。
重厚かつ壮絶な麻薬大河小説
★★★★★
70年代、メキシコでの麻薬一掃作戦で、若き取締官のArt は、麻薬カルテルのしたたかな黒幕に利用された。
いわれない拷問をあびたAdanは、カルテルのキングとなることを決意する。
NYの不良少年だったCallenは、ふとしたきっかけから殺し屋の道を走りだす。
貧しさから抜け出すために、Noraは高級娼婦となることを決意する。
彼らの運命が交錯したとき、30年にわたる壮絶な闘いが幕を開けるのだった。
時代も、場所も、エビソードの主役も、次々と移りかわりながら、
壮大物語が紡ぎだされていきます。
特に原語ではスラスラと軽く読める感じではないのですが、
かといって苦とはならず、読み応えのある一冊です。
とにかく登場人物の描写がみごとで、どんな極悪非道の悪人にも感情移入してしまいます。
各種ランキング一位も納得です。
周到な取材に基づいた恐るべき麻薬戦争
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簡単に言えば麻薬組織と捜査官との戦いである。そう言うと、善悪の区別がはっきりしているようだが、実際はそうではない。
例えば共産主義と戦うために、アメリカもカソリック教会も麻薬カルテルと手を結ぶ。地元の国に協力してもらうためには、恐るべき陰の政治的な取引を使う。
これらは周到な取材に基づいており、小説という形で出版することで、ノンフィクションでは書けないような恐るべき事実を公表したのだろう。麻薬カルテルが武器を中国から購入するというシーンも事実に基づくのだろう。このようなことも、ノンフィクションで出版すれば大きな問題になるし、外交問題にもなりうる。このような作品をミステリーという言葉で表現すべきかどうかわからない。
このような殺伐とした政治と経済の絡まった戦いのなかで、血の通った人物達が描かれている。まず麻薬捜査官であるArt Keller と麻薬組織のボスであるAdan Barrera 。
Artは若い日にAdanと知り合うが、捜査官として大きなミスを犯す。それを償うために、彼は必死な捜査を行うが、その過程で多くの犠牲を出し、それには多くの罪も無い子供たちも含まれる。冒頭の凄惨な場面もその1つにすぎない。
Adanは 一人娘の障害のために苦しみ、麻薬で富を蓄積しながらも、娘を気遣い、医学研究に寄付をしている。もともとは女性や子供を殺すことに躊躇する人物だが、しかし心を鬼にして、恐るべきボスとなっていく。
他にも、売春婦でありながら、敬愛する神父を助けて孤児院で奉仕するNora Hayden、冷酷な殺し屋でありながらも愛する女性のために命をかけるSean Callan 。この4人が主な登場人物である。
The power of the dogという題名は聖書の詩編から出ている。しかしdogを犬と訳しても意味がとらえにくい。現代のヨーロッパやアメリカでは犬は大切なペットであったり、人間の助けをする生き物である。しかし古代イスラエルの世界では犬は邪悪なものとして扱われていた。
ここでは激しい、邪悪とも言えるほどの力を表していて、それは直接にはArtのことだろうと思うが、どの人物にもあてはまると言える。皆目的のためには手段を選ばないのだから。
読むときの注意事項としては、名前が多く出てくるので、書いておく方が良い。いろんな背景も書いておかないと分からなくなってしまう。
最後の4分の1くらいになって緊迫感は一気に高まる。息苦しいようなスリルである。さてどのような運命が待っているのか
長い小説なのでゆっくり読んでいると前の部分を忘れるので、ストーリーの流れが分かりにくくなりそうだった。私は頑張って一気に読んだが、ある程度メモを書いて記憶に残しながら読むならばゆっくりでも大丈夫だろう。