戦争の悲惨さが描かれるがそれだけでなく、人々が戦中も逞しく生き生きとした毎日を送っていた姿が描かれる。本格的に戦時下に入る前の昭和初期の暮らしが、意外に豊かであったことも伺われる。大鉄道旅行作家の著者は、戦中の厳しい時期も、軍人ばかりの列車に肩身を狭くして乗りながら、長距離の汽車旅をやり遂げたりしているのだから、さすがというほかない。
戦争の苦難、庶民の生活、著者の並ならぬ列車への憧れ、その中で淡々と任務を遂行していた鉄道の姿。一見、強烈な主張がなくあっさりと読みやすい文章であるが、その中からは激動の昭和初期という時代がリアルに浮かび上がる。
特に、それぞれの職責を全うするという鉄道マンの姿は、日本人が見失ってきたものの最たるものではないか。そういう人々が支え、構成する社会への懐旧の思いもにじむ。決して豊かではなかった時代だが。何かを手がかり(この場合は鉄道)を生かし切っているので、好感が持てた。昭和前期から終戦後まで、一番日本の姿がわかりにくい時代を描き切っているといっていい。