詭弁はお得?
★★☆☆☆
詭弁学をダラダラ述べているだけなので退屈だが、
我慢して読み進めると何かしらの発見がある。
多くの場面において、対人関係は対等ではない。
そんな状況下では、論理的な話し方は、無力のようだ。
(このへんは、実感できる部分も多い)
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「答える側は、よほど用心しないと、
相手が選んだその言葉に合わせて、
問いに答えさせられる羽目になってしまう。」
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「日常的な議論の場で、われわれは、しばしば
相手に問い詰められ、絶句してしまうことがある。
が、これは必ずしも相手の主張が正しいことを意味しない。」
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反道理や、こじつけは役に立つのか?
事実に意見を混入させる、言葉の魔法、
完璧な論理の心理的不自然さを突く戦術。
「仕事とワタシ、どっちが大切なの?」と、
詰問された時の切り抜け方としても、
微力ながら役立ちそうだ・・・
相手を説得、納得させるための一助に。
過剰な論理学信仰への警鐘。
★★★★☆
コミュニケーションに必要なのは、納得感。
そして論理は納得感を形成する上で必要なもの。
著者が言いたいのは、
現在の論理学への批判であり、
対象とする範囲が狭すぎるということでしょう。
詭弁にも三分の理
★★★☆☆
詭弁を型別に解説してくれる本。議論の際、人間は概してどちらかの味方
になってしまうし、自分を正当化し正しいと思い込むもの。そんな中で、
詭弁が生まれます。本書で説明される型は以下の四点。
1:言葉を複数の意味や曖昧な定義で使用することより、議論に不正を生じさせる詭弁
2:相手の主張をこちらが反論しやすいよう故意に歪めて表現する詭弁(藁人形攻撃)
3:議論の妥当性を問うのではなく、人格や行動や過去の発言との整合性を問題にすることにより、議論そのものを否定しようとする詭弁
4:少数あるいは不適切な事例の観察から、それらを含む母集団全体の性格と決めつけてしまう詭弁(性急な一般化)
詭弁を学べば、「詭弁を学ぶことで相手が用いた詭弁を自らの武器にでき
る」、「人間がものを考える時の本質的な“癖”を知ることができる」と
いうメリットがあります。加えて著者は語ります、「欺かれるとは、間違
いを正しいと見なしてしまうことだけでなく、正しいものを間違いと見な
してしまうこと含まれるはず」と。
詭弁を必要以上に警戒しない姿勢が学べる本です。
論理的なはずなのにうまくいかないと感じたら読みたい
★★★★★
「論理的である」とは何かを深く考えさせられた。
自分はエンジニアとして論理的であるはずだ。
論理的にコミュニケーションしろと教えられ実践してきた。
むろん部下には論理的に行動しろと教えている。
皆が論理的にコミュニケーションをしているはずなのに、
何かがおかしい。議論がぶつかる場面が増えてきたのだ。
そんなとき、本書の帯に書いてあった文字に目を惹かれた。
「いままで論理的に考えてき何かトクしたことありますか?」
トクしたことはもちろんある。
しかし、ソンしたことはもっとあるのだ。
論理的に考えて「おかしいな」と感じることが増えてきた人には
ぜひお勧めしたい。さまざまな気づきや発見があるだろう。
逆に「論理的であろう」と努力途中の人は読まない方がいい。
きっとイライラ、モヤモヤするに違いない。
論理的思考の急所
★★★★★
サブタイトルが「反論理的思考のすすめ」となっているが、情緒に任せての思考を推奨しているわけではない。論理的思考の急所を見極めろ、と言うことである。
いかに論理的であろうとしても、事実はいくらでも意見として機能し、中立的、客観的文章を書こうとも、その中には意見が含まれてしまうのである。それを踏まえておけば、相手のペースに乗らない議論を展開できるようになる。論理的であろうとするあまり相手の問いにバカ正直に答えていると、論理を悪用する人間をのさばらせ、こちらがバカを見る結果となったりするのである。
現実に存在する論理的思考の急所の例示は、とても参考になる。