空色マジック(ショートショート作品集Vol.1)
価格: ¥0
3,000字以下のふわふわとした言葉の断片のようなものを集めました。
オチがあるものやないものもあります。
優しいものや気味の悪いものもあります。
収録作品
「空色マジック」
「あまりものあまいもの」
「メロンソーダと丸い猫」
「天国を知ってる」
「馴れ初め」
「五分前は恋人だった僕ら」
「飛べる日」
「クリームパン」
「微かに沈む」
「天体観測にはうってつけの夜」
「ホットケーキ・リミックス」
「猪田荘ブルース」
「わすれなうた」
「赤黒い門」
「きらきらひかる」
「お悩み相談室」
「ゆらん」
「世界のカケラ」
「空色マジック」
僕は河原で腰をおろしている。
水面に陽の光が反射して、電気みたいにチカチカしていた。
ときどき手を伸ばしてみるけれど、それはどこまでも遠くにあって、届く気配はなかった。でも、届かないからこそ、光る価値があるってこともあるのだろう、となかなかに詩的なことを考えていた。
触れられたとしても、感電してしまってはいけない。
彼女は、心の疼きを抑えられない、といった感じで、砂利を駆けている。
全く大人げないな、と思ったけれど、大人然としてただ立っているだけの僕よりは、はしゃぐ彼女の方がずっと良い。
そんな彼女に惹かれたのは僕だ。
それにしても、もう冬だというのに、昼の太陽の力が強く、コートも必要ない。空気のせいか空もすっきりと澄み切っている。
彼女は、近くにいたこどもたちと何やら会話をしている。
わあ、と声が聞こえた。
こどもが足を滑らせて転んでしまったのだ。
幸い大事には至らなかったらしく、すぐに立ちあがって、また笑いながらどこかへ行ってしまう。
「どうしたの? 楽しくない?」
「そういうわけじゃないさ」
息を切らせて駆け寄ってきた彼女に僕が手を振って言い返す。
「なんだか疲れちゃった」
彼女が僕の横に座る。
二人で、散りばめられた砂利と、無邪気に駆けるこどもと、漏電する水面と、透き通った空を見ていた。
ほう、と彼女が息を吐く。
「寒い? もう戻ろうか?」
僕が聞くと、彼女は首を振った。
「だめ、もう少し、いさせて。だめ?」
「いいや、いいよ。もう少し時間はあるから」
「ありがとうね」
お礼を言うのは僕の方だ、という言葉がなぜ今出てこないのだろう。
言葉はいつも自分勝手で、僕の言いたいことをちっとも代弁してくれない。無理やりねじ伏せようとしても、舌はもつれてしまうし、指先は硬くなってしまう。
それに引き換え、彼女にとって、言葉は味方だ。
友達で、仲間で、恋人だ。
彼女は自らの言葉を巧みに操り、情景を正確に、心情を的確に表現して、それで生活をしている。僕は、そんな彼女に寄りそうことで、何とか言葉のおこぼれにあずかろうとしているに過ぎない。
「ん? 何をしているの?」
僕が彼女の仕草を見て疑問の声を上げる。
彼女は指を空に向けて、くるくると回していた。
「言葉を、書いているんだよ」
「言葉? どこに?」
「言葉を、空に」
真面目な口調で、彼女が応える。
「一体、どういう意味?」
首を傾げた僕に、彼女は、ゆっくりと時間をかけて、言葉を選んで返す。
「この世界をね、私の言葉で満たしてあげるんだ。きれいで、やさしくて、あまいあまい言葉を、世界中に書きたいの」
彼女は笑っていた。
そして、少し悲しそうだった。
「私には、言葉がある。他のものはてんでだめだったけれど、言葉だけは、私のものだったから、それを誰かに伝えなくちゃいけないの」
はっきりと、彼女は宣言をする。
ああ、彼女のように、僕も言葉を世界に散りばめられたら。
本物でなくてもいい、偽物でもいい、美しい言葉で世界を飾ることができたのなら。
きっと、僕は彼女の側にいられるのだろう。
けれど簡単なことのはずなのに、僕は胸が締め付けられてしまう。
「どこにも、書いてないじゃないか」
ちょっとだけ意地悪を言って彼女の反応をうかがう。
「うん」
すると彼女は、とても素敵な笑顔で、世界中を暖かくするような笑顔で、僕に向かって言った。
「それはそうよ、何せこのマジックは空色だから」
いたずらっぽく、不敵に笑う彼女に、僕は不覚にも心臓を鳴らす。
「あなたにも書いてあげる」
くるりと、彼女が僕に向けた指を回す。
彼女、僕に何て書いたのだろう。
(縦41×横17文字換算で90P:総文字数27,000文字)
ePub 3.0(縦書き)をアップロードしています。