違う切り口からの出発「秘本 三国志」
★★★★★
1992年に重版になったものの復刻版。(全6巻、現在2巻まで刊行中)三国志の流れをある程度知っている人であれば、とても面白いアプローチからの書き出しにまず度肝を抜かれるだろう。また今までどこか辻褄が合わないような、ギクシャクしていた部分をすっきりと明快にしてくれるあたりは、さすが陳氏と認めざるを得ない。ただ、本の厚さが薄いからといって読みやすいだろうと思い、早合点して購入する初心者には向かない。三国志を語るなら、まず黄巾の乱から、というのが一般的だが(ここで一般的というのは「正史三国志」「三国志演義」吉川英冶「三国志」などをいう)通常、黄巾の乱の下敷きである太平道から始まり、漢中の五斗米道は、劉備が蜀に覇を唱えるかなり後半になって出現するのであるが、この「秘本三国志」はなんと太平道と五斗米道の話が同時に書き始められる。しかも、五斗米道の使者が曹操や孫堅、董卓を眺め回すという、実に面白い視点から書かれている。しかしながら、文章は至って読みやすく、良いのか悪いのか好みが分かれるところであるが、文体に横文字が出てきていたって中華風ではない。「庭園遊戯」をガーデン・パーティー、「絶世の美女」をエトランゼ「市場」をマーケット、等々平気で書き連ねているのが、どうしたことか逆に解かりやすい。また、聖人的に描かれがちな劉備もありのままの人間的野生漢で、関羽、張飛など共にドえらい有様で描かれており、人物・文章ともにひっくり返ること間違いなしの著書である。中華を満喫したいと思っているお方、そして前述したとおり三国志をある程度、知っていないお方には辛い書であるが、三国志ファンにとっては目から鱗のたまらぬ本としてお奨めしたい。
独自視点の三国志
★★★★★
15年以上前に本書に出会い、何度か読み返しているが、決して色あせない面白さがある。
最近は赤壁の戦いが映画化されるなど、再び三国志ブームとなっているが、本書を読んで
いると他の著者の史書やその時代背景の読みこみの浅さばかりが目立ってしまう。
三国志の正史や後漢書、その他の史書を著者は理解し、換骨奪胎して本書を作り上げている。
だが、決して堅苦しいものではなく、たぶんに創作的な部分もある。
第一巻では、当時の中国仏教の総本山、白馬寺と道教である五斗米道という宗教を一つの
きっかけとして物語が展開していく。
三国志の世界の序章に過ぎないが、著者の鋭い洞察とともに展開していく物語は三国志の
世界に読者を惹きつけて止まない。
『秘本三国史』(1/2/3/4/5/6)
★★★★☆
実はこうだったのではないかという大胆な想定を元に書かれた内容でした。
曹操と劉備の密約、新興宗教と三国史世界の結び付きなど歴史に埋もれた可能性を提案しており、ifとは一線を画する内容だと感じられました。
そういった点で個人的には高く評価できる作品だと思います。
一番好きな三国志小説
★★★★★
演義や吉川版の主人公、劉備がどうにも受け容れがたかったので、この小説のメイン(主人公ではない)である曹操の描かれ方には胸の空く思いがした。
実際、そういう効果を狙っているところもあると思う。他の作品で曹操の悪行とされるエピソードは排除もしくは新解釈が加えられ、曹操はとことん理性に満ちた人物として描かれている。後の三国志物語の曹操像には、この作品の影響を感じるものも多い。
また、陳舜臣三国志に共通する、曹丕のクールでニヒルな個性にも注目。甄氏を巡る曹植とのエピソードが印象的だった。
異民族や宗教をも取り込んだ、壮大な人間ドラマが展開される一方で、三国志の華とも言える数々の大きな戦争のほとんどが、予定調和や八百長の上に起こったものと解釈されている。
寂しいと言えなくもないが、それは他の作品で楽しめばいいのであって、この作品では推理小説を書く人ならではの解釈が見どころである。
宗教色と異国情緒あふれる三国志
★★★★★
正史ベースの三国志。この一言ではとても言い表せないほど、数多くある三国志小説とは異なる視点から描かれた三国志です。
まずページをめくって最初に出てくるのが「張魯の母」。そして物語は彼女に仕える陳潜という青年の視点で進められていきます。第二章に入り、そろそろ主要人物が活躍するかと思いきや、出てきたのは「白馬寺の月氏族」。ここまで来ると、この作品が只者でないことがわかります。そう、この作品は当時の中国にあった仏教や五斗米道といった宗教や、南匈奴や月氏族などの異民族たちをかなり丁寧に描いているのです。匈奴に拉致されたという蔡文姫もかなり出張っていますし、孫堅陣営にいたっては、当時まだ流行っていたらしい怪しげな祈祷師まで出てきます。そして、覇権争いの外にある第三者の視点から英雄豪傑たちを描き出すことによって、より彼らが生きた時代がリアルに映しだされています。
三国志における主要人物の性格設定も、作者が演義に引きずられずに、独自に史料を読んだ上で解釈し作り上げているので、演義とは全く違ったものになっており、劉備などは真っ黒です。個人的に気に入っているのは、曹操と荀イクの関係、孔明と司馬懿の置かれた立場の解釈です。今までどうしても納得がいかなかった彼らの関係が、陳舜臣の解釈で霧が晴れたような気がしました。
ラストは秋風五丈原ですが、読後感はかなり爽やかなものでした。孔明が血を吐くような無念を抱えて死んだのではなく、先を見通し、見守られて静かに目を閉じたからかもしれません。