巷で騒がれている郵政民営化の是非論。その背後にあり真の改革の対象とされるべき国家会計・国債・財投債・特殊法人・民営化等の意義と構造。政治経済学の知識を持たない私にとって、TV・新聞等の情報だけではこれらをイメージすることは難しい。
「年金」という制度を題材として、上のいくつかのキーワードをどのように関連付けて捉えることが必要であるのか。理解を促し、少なくても1つの捉え方を示してくれていると感じる。
メディアでの氏の発言は時に恐ろしさを感じることがある。反感を覚えることすらある。本書の中でもそのような記述がところどころに見受けられる。反感や攻撃性を感じる部分は読み飛ばせば良い。
必要性を感じる部分、共感を持つことができる部分。これらを掴み取るだけでも、日本が抱えている問題点の数々を認識・整理することができ、今を思考する材料を与えてくれると私は感じた。
確かに新書の紙数制限からか、詳細までのすべてを論じることができないという氏の苦労もうかがえる。
本書は著名な論客の著書として手にするのではなく、純粋に1冊の「知識を与えてくれる新書」として目を通しておいても良いのではないかと感じさせられる。
読了後、本書のタイトルに氏がどのようなメッセージを託したのかを、私は今あらためて考えなければならないと感じる。
どうして、こんなことになってしまったのか、ということに関しては、40%近い未加入・滞納者がいるというのと、年金積立金の運用が極めて不調だからだ。個人的には年金未加入・滞納者は許しがたいとは思うが、人びとはバカではないから、特に貰える額の少ない国民年金なんかは払いたくないという気持はわかる。
しかし、とにかく、年金については、専門家でもわからないことが多いというのが本当だったんだな、ということを確認できただけでも読んでよかった。民主党が年金改革法案を提出した際に、自民・公明両党が「具体的な数字が示されていないから無責任」だと批判したが「実際は、与党自身も計算できずに官僚たちに計算してもらっているだけであって、そういう批判をする資格はない」(p.37)というのはこの本の文章のなかで一番きまったところだ。
本書では、タイトルとなっている「粉飾国家」という概念をベースとして、財政赤字、年金、特殊法人などの問題が論じられている。改めて財政面の脆弱性・危険性について考えさせられる。新書版なので、一連の財政・年金問題について概観・総括する目的で読むのもよいと思う。
本書において「粉飾」とは、砕いて言うと、情報操作により適切なフィードバックが妨げられ、その結果システムが機能不全に陥ってしまった状態を指す。
「粉飾」という「ゴマカシ」は、程度の大小はあれ、至る所で行われている。それは多くの国民もわかっている(感じている)ことである。新聞などで報じられる不祥事・疑惑は氷山の一角に過ぎないことも・・・。そんなことは「常識」であるが、「粉飾」が日本社会に巣くう病根であるいう意識を喚起させた意義は大きいと思う。経済モデルをいじって○(マル)だの×(バツ)だの言っているだけのエコノミストには書けない本である。
その過程で、二項対立項とされたものの”戯画化”に近い捨象や、
「本質」とされたものの、時としてオリジナリティの欠如した叙述を
見る事があり、また設定した対立軸により、「本質」的な議論の選択
、強弱が変化し、また、必ずしも説得的な論旨では無い事も多く、
胡散臭さを漂わせる事すらある。
しかし、にも拘わらず、氏は非常に「まっとうな論客」である。
氏の論述は、片方の立場に立てば意図的に触れずに済ます領域(例えば
自由主義者であれば所得再配分の問題)にも目配りをしている。また、
戯画化された論述に対しても、留保の形で叙述を怠っていない。これは
両方に嫌われる、いわば「味方を無くす」リスキーな論述である。逆に
言えば「告発」に留まらない知的誠実性を伺うことができる。
また、本書で展開されているのは、只の無責任官僚批判→民営化論でも
無ければ、エスタブリッシュメント批判ではない。「元の情報が隠された
ところで、情報を受けても責任逃れをするところでは、官民の主体論など
ただのすり替えに過ぎない」というのは、当たり前過ぎる事だが、この
当たり前を言う事がどれほど大変な事か。
ただ惜しむらくは、どのように情報の「フィードバック」を確立してい
くかという点ではやや説得力を欠く。例えば、税方式であっても、政府当局
が情報を隠す可能性があるという点では、社会保険庁とぎりぎりのところで
は大差はない。また、公共空間を分権化した処では、かえって「村八分の
論理」の元に陰湿な隠蔽が行われる可能性もある。
要するに、どのようにして「丁寧な設計」の元で「現行制度、民営化論
よりも『センサーに感知されやすい』制度」を構築するか、について説得的
な論旨を提示できるか、それが氏の立論の是非の試金石となる。氏が切り開
いた潮流が、一過性の放言に終わらぬ事を期待したい。