正直な人物
★★★★☆
佐々井氏という人は、「自分を偉く見せよう」なんて気持ちは微塵もないようです。自分が犯してきた失敗をすべて包み隠さずに、この作者に話しています。
性格的に思い込みが激しく、気分の浮き沈みも大きい人ですが、正直で誠実な人柄を感じます。お金で学位を買い漁っているどこぞのメーヨカイチョーとは対極の存在だと言えます。
仏教に興味のある人なら充分に読む価値があると思いますよ。
仏教の生々しさ
★★★★★
山際素男『破天―インド仏教徒の頂点に立つ日本人』光文社新書
やっとこさ読み終えました。およそ600頁、二段組みの大著に描かれるのは、佐々井秀嶺というひとりの仏僧の生きる姿。なんとまぁ、破天荒な生き方か―。多くの方にお勧めできる名著です。
仏教誕生の地インドでは、仏教は13世紀にいったん滅亡したと言われる。20世紀、インド共和国の憲法の父、不可触民出身者として毅然とカースト制に挑み続けたアンベードカルによって、仏教再興が果たされた。しかし、アンベードカル亡き後、その意思を継ぐ者は現れず、インド仏教は再生の産声を上げたまま、行く末を見失ってしまう。そこに、ひとりの日本人が現れる。ひたすらに仏道を求める佐々井の熱は、カースト制度の下で苦しむインド下層民に、時間をかけながら、しかししぶとく、浸透していく。インド仏教再興運動の大指導者として、佐々井は仏道ど真ん中を突き進む―。
『マハーバーラタ』『不可触民』『アンベードガルの生涯』などの名著・名訳で知られる山際さんの筆も、佐々井の熱に憑かれたかのようで、すさまじいものを感じさせます。佐々井の人間としての生々しさが、ひしひしと伝わってくる名文です。
女性に対する並々ならぬ偏愛。それこそは、若き佐々井を思い悩ませた核心だと言います。色情因縁の業。いとも簡単に絶望し、死を望みながらも、放浪を繰り返すなかから、佐々井が見出したものこそが仏道でした。そこからはもう、思いのまま突き進むだけ。破天荒そのままの道のりは、仏教生誕の地インドへとつながっていきます―。
そして、灼熱の地インドで40年。佐々井秀嶺、1935年生まれ、現在74歳。
この本は、ぼくの持つちっぽけな世界をはるかに超えた物語です。そんな本に出会えたことに、ぶるぶる震えるほどの興奮を覚えます。なんと人間は、浅いように見えて、深い生き物なんだろう。
「聖典」ともいうべき「伝記」
★★★★★
かつて、「インド仏教は廃れて影響力はない」と、一般的に言われてきたが、本書の主人公佐々井秀嶺師によって、その記述は完全に見直しを迫られている。アンベードカルが播いたインド新仏教の種を、大樹に育て上げた男の一代記。本書についてどれも大げさな言葉のレビューが続くが、大げさでなければ本書の感想は言い切れない。
確かに狐つきを追い払ったり、自分を襲った盗賊を弟子にしてしまったりといった「小さな奇跡」もすごいが、何よりも驚嘆すべきは、40年の布教で信者を数十万人から数千万人に増やした上、3000年間連綿と続くカースト差別をなくそうという、壮大なことをしていることだ。仏教徒のために、州首相の胸倉はつかむは、国の首相に直談判を求めて座り込むは、題名どおりまさに破天荒。なぜそんな無茶をするのか。インド仏教の頂点の男を突き動かすのは、日本的な「義理・人情」だったりする。日本的精神がインドで大うけというのも面白い。
本書の著者・山際素男氏は佐々井師と30年来の友人であるという。著者は師を徒に高潔に描かない。それも、佐々井師の人間らしさ、リアリティを持たせる。物語は師が「小5で女を知った」と告白するところから始まる。人並み外れた根性と行動力を持つ余りに己の煩悩に悩み、戦っていた師が、インドでいつの間にか数百万人の先頭に立ち、インド政府と戦う。なんと壮大な物語か。私もいろいろ宗教書を読んだが、本書を読んで初めて「宗教的衝動」というものに突き動かされた。本書はもはや単なる伝記ではなく、インド新仏教の聖典なのだと思う。佐々井師の劇的な人生と時々に出てくる言葉は読み物として、人生訓として心に強く訴えかけてくる。パワーをもらえる本だった。
天下の奇書にして雄編
★★★★★
現在インド仏教界の頂点に立つ佐々井秀嶺の半生を二段組およそ600ページを使って活写したもの。佐々井の名言「金もいらぬ、名もいらぬ、命もいらぬ」に、佐々井の破天荒な生き様が集約されている。著者は『マハーバーラタ』の翻訳者としてつとに知られているが名文家でもある。佐々井の半生に寄り添いながらインドの現状にも冷徹な眼差しを向ける。佐々井の人生の破天荒さ、それを執念深く追い掛ける山際のマニアックなまでの情熱。この本は厚いと同時に熱いのだ。それが何よりの本書の魅力である。山際の文章に揺らぎは一切ない。動かない。微動だにしない。その定点の定まった、そしてピントが完璧に対象を捉える精度を持っているため、佐々井の人生が手に取るように生々しい。佐々井の人生は横紙破りだ。しかし、今の世の中、このような日本人が、インドで仏教の最高指導者として人々に奉仕している。痛快ではないか!日本国民であれば一度は手に取るべき奇書であり、傑作である。そこには万人に何らかの形で教示しうる叡智が無数に眠っている。安眠を貪る人々にとっては警告の書ともなろう。宮崎哲弥の関東エッセイも力が籠もっていて秀逸。どこを切っても真っ赤な血が噴き出さんばかりの充実度である。
待望の再刊!この「男」に刮目せよ!
★★★★★
長く絶版の憂き目に甘んじていた山際素男氏畢生の大著、評伝小説『破天』が、遂に再刊された。主人公:佐々井秀嶺師は四十数年前、単身インドへ渡り、以来ただの一度も日本の土を踏むことなく、かの国の宿痾と呼ぶべき忌まわしいカースト制度によって虐げられた最下層民衆の中へ溶け込み、同じ水を飲み同じ飯を食い、時には血を吐き、時には凶刃をかいくぐり、時には誹謗中傷の猛火に晒されながらも、ひるむことなく大地に根を張って生き抜いてきた。このような「日本の男」が、われわれと同時代に呼吸していることの奇跡を、現代日本人の全てが刮目すべきである。また、光文社新書からの再刊に当たって、宮崎哲弥氏が巻頭に寄せた言葉は、その一字一字に熱い血がかよった名文である。今、仏教書ブームとも云われるなか、癒し系でもなく啓発モノでもない、この『破天』こそは、まさに「生きた仏書」と呼べる。読者はこの名著との出会いによって、<大菩薩道の人にして大煩悩道の人:佐々井秀嶺>をまざまざと眼前にするであろう。