モノクロの誕生
★★★★☆
1949年生まれのフランス服飾・文化史研究者が、主にシシル『色彩の紋章』に依拠しつつ、12〜15世紀の衣服の色を通じて、中世人(主としてフランス)の意識にある色のイメージとその生成過程、その背後にある生活感情を、ヨーロッパ文明の基層として解明しようとして、2006年に刊行した本。中世人は、視覚に優位を置き、目に見えるあらゆる具体的な事物に抽象的な意味を読み込もうとし、色による表示システムを作り出した。色の区分の問題はあるが、中世の色彩体系は白黒を両極とし、中心に赤が位置するという配置をとり、赤、金銀、黒青、緑黄の順に好まれた。赤は鮮明な染色の困難ゆえに権威の象徴であり、同類療法ゆえに止血の護符としての効果を期待された。青は身分を問わずに好まれ、誠実と欺瞞のような相反する価値を付与された。緑は五月の自然を体現し、青春、愛、出産、栄枯盛衰を表した。それに対して、黒は危険、醜さ、悲しみという悪徳を表したし、黄色は裏切りや理性の欠如を示し、ユダヤ人や道化・子どもと結びつけられた。縞や二色のミ・パルティも、道化・娼婦・楽師・奉公人・子どもと結びつき、従属という意味合いを帯びていた。しかし14世紀末頃から、従来嫌悪されていた黒・黄・タンニン色・紫・灰色が汎ヨーロッパ的に流行色となり、色の価値が大きく転換した。その背景には、悲しみ・憂鬱質の再評価や贅沢禁止令があり、また印刷本やプロテスタントの倫理がそれに拍車をかけたとされる。著者はこれをモノクロ重視の近代的感性の誕生と見、分析の限界(202頁)を自覚しつつも、長期持続の転換期としている。本書は色彩という観点からの社会・芸術分析としてきわめて興味深いが、主題の性質や史料的制約ゆえか、歯切れの悪い指摘や推測が多く、イメージの生成過程の分析もやや一般論的に感じるのが残念である。