なんでもない話
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僕は彼の奥さんのような生活を送るようになっていた。
朝は彼より早く起きて朝食とお弁当の用意をし、それから彼を揺り起こして顔を洗わせ、まだ眠そうな彼にしっかり食べさせて送り出す。
午前中に掃除と洗濯をこなし、買い物に出かけて夕飯の献立を考える。途中でランチを食べたりお茶を飲んだり、ウインドーショッピングしたり、図書館に寄ったり。
夜は彼が帰ってくる頃にあわせて食事を作り、酒の用意をして晩酌に付き合う。
結婚して家に入る女の人というのは、きっとこんな生活を送るんだろうなという、そのまんまの生活。不思議だった。まさか自分がこんな風に生きるようになるだなんて。
彼もある意味、奥さんをもらった普通の男の人みたいだった。
オネエ言葉を話すところなど見たことがないし、着るものやインテリアなんかにも無頓着。なにしろお仕着せでいいというのだから驚いた。実際、何か買ってきて着せても、せいぜい、ちらと鏡を見るだけで、その後は自分が今どんな格好をしているかなど気にもしていない様子。休日など、一日鏡を見ない日もある人なのだ。
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彼氏に請われて仕事をやめ、奥さんのような生活をはじめる主人公。彼の世話を焼くだけの毎日が三年続き、それなりに幸せにやってきたが、元いた会社から復帰しないかとオファーがくる。彼に話すと「なにが不満なんだ?」と言い出して……。
タイトルどおり、なんでもない話です。なんでもない話なのに、なんとなく最後まで読んでしまう。そんな話が書きたくて昔書きました。
初出『バディ』。読み切り短編。