記憶喪失の男 せつない話
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「うー……、いいぞ」
低い声で呻きながらマドラーをゆっくり出し入れさせていた。なにしろスーツだからよけいに卑猥な姿だし、顔だちだって男っぽくてモテそうなのが、首まで真っ赤にしてあえいでいる。そこまでじっくり見ていたのに、気づくまでタイムラグがあった。
「あっ……」
思わず口を押さえて言葉を飲んだ。
高次?
よく見れば間違いなく高次なのだ。だけど十年ぶりだからなのか、とにかくだらしない雰囲気になってしまっていたからか、見違えた。高次は少し太ったようだった。デブじゃないけれど、三十男らしい肉付きのよさが目立つ。そのせいで、よけいにセクシーに見えるのだ。前よりずっと、全身から滲み出す何かがあった。男の性のオーラ、というのか……。
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22の頃に付き合っていた男と十年ぶりに偶然の再会。男は事故に遭って記憶があやふやで、別れた理由も覚えていない様子。三十代になった二人はもう一度付き合い出すが、あの頃となにもかも変わっていて……。変わったのは相手なのか自分なのか。
初出『バディ』。「せつない話」シリーズ最終話。読み切り短編。