この世の醜い現実
★★★★★
悪行をたびたび繰り返すライネケは
ついに法廷に立たされることになります。
被害者たちは国王に極刑を要求するのですが、
ライネケは持ち前の話術で危機を乗り越え、
無罪放免になるだけでなく
国王から厚い信任を得て物語は終わります。
不正義は罰せられなければならないと思う人にとっては
どんどん当てが外れていきます。
「うまく立ちまわった者はみんなにあがめられ、
逆境に立たされた者はただじっと我慢」(194頁)するという
この世の現実において、「悪の底まで見きわめよう」(訳者あとがき199頁)
としたゲーテの意欲的な作品です。
悪行の定義が動揺しています。
ライネケはこう言います。
「だれでもなにかを食って生きているんだ」(131頁)
「ところで、王さまはどうだ?人の命を略奪してやしないかな?
自分では手をくださないというだけで、家来に獲ってこさせて
ごちそうにありついている」(133頁)。
ライネケがウサギや羊などを襲うのは生きるためです。
一方の、王さま=権力も家来の財を収奪しています。
しかし、今回はライネケだけが非難されました。
要するに、権力のお墨付きを得さえすれば
その収奪は「合法」ということになります。
イラク戦争のように。
王さまはこう言います。
「予が后のいうことをきいたのがあやまちであった」(106頁)
「もっとも女人の助言にしたがったくやしい思いをさせられるのは、
予がはじめてのことではあるまいが」(115頁)。
王さまがライネケにだまされた責任をお后さまに転嫁しているシーンです。
「女性は産む機械」という暴言を平気で語る厚生労働大臣がいる今日の状況を見れば、
世の中はずっと男性中心主義であり続けていることを物語っています。