史実が想像力に歯止めをかけてしまった例?
★★★☆☆
19世紀半ば、16歳で殺人容疑者として投獄された実在の女性、グレイス・マークスを著者が丹念に調べあげ、不明な部分を付け足して作り上げたフィクション。前半は主にグレイスの不幸な生い立ちおよびメアリー・ウィットニーとの関係が語られる。後半はグレイスは殺人者か無実か、ファム・ファタールか純潔かという謎が医師ジョーダンとの関係を軸として展開する。
結論からいうとひとつの物語としてのオーガニックなまとまりにかける。ページターナーとして提示される数々の謎はがあっけないほど地味に落ち着き、グレイスとジョーダンはどうなるのかというサスペンスは尻切れトンボ的に放置される。カタルシスとしての「感動」の欠落が史実に忠実であることに由来するならまだしも、フィクションの部分なのでがっかりしてしまう。特にジョーダンには第二の主人公といえるほどウェイトが置かれいて、彼の視点で語られる部分も多いのに、まるで著者が彼の処分に困ってしまい、当時の歴史的な背景を考えるとこんな感じかと深く考えずメインのプロットから消してしまったかのよう。
当時のカナダでの貧しい召使としてグレイスの生活の描写は面白い。お茶ひとついれるにも外で井戸から水をくまないといけないし、薪で火をおこさないといけない。電気やガスが来る前の昔の家事の描写は真剣に面白かったけどプロットとは関係薄いんだなぁ。悩み、迷いだらけのジョーダンの心中も面白い。若い男の性的苦悩、自己嫌悪、欺瞞の鋭い描写は著者ならでは。しかし、そうした部分では著者の力量が全開なのに全体になるとそのパワーがガス漏れのように消えてしまってちぐはぐな印象だけが残る。史実を元に描くことで却って著者の想像力に歯止めがかかったか。事実は小説より奇なり、ではなく逆でなくてはならない!でないと小説読む意味ないからね。
構えずに読むべし
★★★★★
テーマからして重そうで、女性であるが故の不幸がこれでもかと描かれていそうで敬遠されるかもしれませんが、驚くほど読みやすい、ページを繰る手が止まらない本です。
殺人の容疑者であるグレイスと若い精神科医との対話が大部分を占めています。読みやすさは語り手と聞き手がいる形式のせいかもしれません。
グレイスが正気なのか、どういった人間なのかを明らかにするために、生い立ちから事件後の収監所での生活にいたるまで細部にわたって描かれているのですがまったく冗長にならず、19世紀のカナダの社会や生活の細かな描写は女性が語り手なので衣服や食べ物にまで及んでいて、楽しめました。不幸をアピールしたりせず、センチメンタルにならない、欠点の見つからない小説でした。