死んでも修行。勤勉な死後の世界
★★★★☆
シュタイナーは霊魂は不滅で輪廻転生するという立場を取っており,人間が死んだ後には魂は霊界に入るのだそうだ。しかも,生きている人間でも「霊界参入」の訓練を積むことによって霊視・霊聴・霊的合一の能力を身につけることができ,生きたままで霊界のありさまを認識できるのだという。
霊界では,簡単に言えば死んだ人間の霊が,次に生まれ変わる来世で,よりよく生きるため,また人間理想の実現に一歩でも近づくために修行を積んでいるのだという。人間の魂は生きていても死んでいても不滅の大きな循環をなしており,循環しつつ徐々に自分の魂を,そして世界をより良く進化させて行く使命を帯びている。
そして霊界にも宗教があり,霊界での神々の宗教のテーマは,この世で理想の人間存在を誕生させることなのだという。
また人は死んで無に帰るどころか,濃厚に前世での行いの影響を残しており,前世で関わりの大きかった人の霊と霊界でまた会うことになる。前世で自分が傷つけた人からはその傷の重さに応じて,霊界では自分の霊が負担を感じることになると言う。そしてその負担が減るように,より高い魂の進化を目指して魂は修行を積む事になるのだそうだ。
全体的に,非常に真面目で勤勉な人間観が感じられる。そして人間は,またこの宇宙は全体として良い方向に進歩しており,これからも進歩させなくてはならないという一種の楽観主義に強く根ざしている。
しかし,第二次大戦と共産主義の悪夢を経験し,大衆消費社会を実現した後でも留まる所のない人間の欲望とエゴの膨張を目の当たりにしている現代人にとって,この人間主義・楽観主義がどのくらいの説得力を持つだろうか。人間とはそれほど真面目で,進歩を目指して止まないほど高尚なものだろうか。
「死んでも生きる」ことに慰めや期待・安心を感じるのも事実だが,因果応報,死んでまでこの世の人の情や義理の貸し借りを持ち越さなくてはならないとは,何とも煩わしいあの世だ。死んでまであの人,この人と会うことになるのか。また学校か訓練施設のようなイメージの霊界も,「死んでまで修行か。何だか疲れるなあ」と思ってしまう。
十九世紀生まれのドイツ語圏の人はつくづく真面目だったなあと,ため息混じりに思ったというのが正直な感想である。
なお,講演録としては熱のこもった良い講演であり,内容も適度に具体的で分かりやすい。「神秘学概論」や「神智学」などの主著とも整合しており,シュタイナー入門としても良い書物である。