陽明学の始祖である王陽明は、中国・明代の後半に世に出ている。著者は当時の状況を、皇帝の側近である宦官がはばをきかせて政治は衰退し、学問・教育は「立身出世のための功利的学問・暗記型の生命のない主知的学問」に堕していたと指摘。「そういう中にあって厳として、失われた道徳を回復する、真の人格をつくってゆく、という意味で真の聖賢の学問、身心の学を講じた」のが王陽明だと論じている。さらに、陽明学の代表的教学『伝習録』の「抜本塞源論」から、「功利的な考えを捨てて、かなわずと雖も自ら発奮して、身を以て事に当たるより外にない」という思想の神髄を読み解いたりしている。陽明学がどんな時世に、いかなる力を人に与えるかという点はじつに興味深く、現代の日本の精神状況への大きな衝撃になることが実感できる。
また本書では、王陽明から学問を受け継ぎ、日本陽明学として発展させた江藤樹、熊沢蕃山、佐藤一斎、大塩中斎、森田節斎、岡村閑翁などの人物にも光が当てられている。それぞれが陽明学どう学び、実践したかが多彩なエピソードから述べられており、陽明学をもって時代を生きることがいかなることなのかを教えてくれる。「警世」の意味を離れても、強い自覚や実践を促す陽明学は、個人の生き方へのよきヒントになる。(棚上 勉)