それぞれのハムレット
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本書は、シェイクスピア作『ハムレット』の最新の校訂版のひとつで、1604/5年のSecond Quarto(Q2)をもとにしたもの。
Q2は、著者手稿から由来したと考えられ、これまでも権威ある印刷本として扱われることが多かった。
この校訂版では、姉妹編にFirst Quarto (1603)とFirst Folio (1623)をも収録し、単一の理想のテクスト作成を試みるのではなく、
これら3冊の本がそれぞれ別個の『ハムレット』を表出しているという考えのもとに編まれた。編者による修正も最小限にとどめている。
一つの劇なのに、600ページ近くある厚みあるハードカバーである。というのも、137ページにもわたる序論と、
100ページ弱にもわたる6つの補遺が付いており、本文にもびっしりと注が施されているため、この厚さになるのである。
本劇は、それまでの演技を意識せずにはいられない上演、これまでの研究者の業績を無視できない校訂、など多くの難題を持つ。
序論では、そういった難題を論じながら、精神分析を用いた解釈、現代の政治との関連、伝統的な解釈について、
新歴史主義批評(当時におけるハムレット。世紀末そしてエリザベス一世の治世末における時事性)、
欄外書き込み・出版登録・他の劇中での言及等からみる年代特定の問題、物語の元ネタ、これまでの上演と映画化(英国外含む)、
20世紀における政治的な読み(ロシアや旧東独における反体制的ハムレットなど)、そして小説に登場する『ハムレット』、
に至るまで幅広い事柄を紹介している。印刷本の由来論争から映画での解釈まで、ハムレットについて様々な側面を学べる。
本文には、最新の研究及び英国における教育事情を反映した詳細な注がつき、それがページの半分以上を占めるほどである。
注は、単語の意味だけではなく、上演や当時の文化など幅広い解説になっている。巻末の補遺は、
First Folio (1623)だけにある部分(この版は、本書の姉妹編に収録)、現存印刷本の由来と相関関係、
校訂にあたって採った方法、幕・場面の切り方、キャスティング(同じ役者が複数の役を演じる)、音楽について詳述する。
図版、図表、索引、参考文献表つき。