ザ・哲学教科書
★★★★★
全体的に癖が無く、丁寧に記述している。エッセンスが必要十分に詰まっていて、さすが東大出版会の教科書という出来。
哲学者、哲学科の学生、文系、理系、哲学に興味も無い人、それどころか忌避している人、万人に勧められる。文系大学生なら入学前にこの本と姉妹書の倫理―愛の構造は読んでほしい。文系の頭の良さとはまさにこういう所が基盤であるべきだと思う。
本書の狙いは、先人の思い描いた諸思想の概略、参照用テキストではなく、現在読者がもっている科学的・社会的常識をできるだけ撹乱して、自分の身に起こるあらゆるのもごとを再吟味してみなくてはどうも危ないぞ、といった危機意識、ついには自分でそういう再吟味を試みてみようとするような問題意識ないしは情熱を掻き立てることにある。
つまり、「カント入門」のような知識としての哲学概説ではなく、自分で疑問をもつこと、考えることという知恵としての哲学入門である。これは哲学研究者と哲学者の違いのようなもの。よく言われる勘違いなので留意を。
序論の「哲学とは?」で、入門者が納得し易い言葉で、哲学という言葉の成り立ち、性格、基本的な意味内容を示す。教科書らしい記述だが、この16ページで自分の人生における哲学の普遍性や可能性というものを感じることで、「哲学って楽しそう」と思う人も多いと思う。
では哲学は具体的に何から始めればいいのか、「物理学入門」や「経済学入門」と違い、ここが哲学の入門書の難しいところ。哲学としてはそれぞれがもつ問題意識に従って思索を進めていくのだが、本書は誰にも普遍的(哲学に首を突っ込めばだれでも問うことになる)な、人間、世界、知識、行為、価値という基本的・常識的な問題について、問いを発することから始める。丁寧に議論をすすめていくので、自分の頭の中がどんどん整理されていくのを感じるだろう。1990年以前のものだが、本書以後のために参考文献も挙げている。これも有益。
5回くらい昼飯抜いてでも買う価値はありますよ。