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本当の戦争の話をしよう (文春文庫)

価格: ¥680
カテゴリ: 文庫
ブランド: 文藝春秋
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 「彼らはいつ死ぬかもしれぬ男たちが背負うべき感情的な重荷を抱えて歩いていた。悲しみ、恐怖、愛、憧れ、それらは漠として実体のないものだった。しかしそういう触知しがたいものはそれ事態の質量と比重を有していた。それらは触知できる重荷を持っていた。彼らは恥に満ちた記憶を抱えて歩いていた。彼らは辛うじて制御された臆病さの秘密を共有していた。(中略)人々は殺し、そして殺された。そうしないことにはきまりが悪かったからだ」。(村上春樹訳、文春文庫)

   1999年、ピューリッツァー賞、米国書評家協会賞という2つの賞の最終審査に残った『The Things They Carried』(邦題『本当の戦争の話をしよう』)は、ティム・オブライエンが同じくベトナム戦争について書いた以前の作品── 回想録『If I Die in a Combat Zone』(邦題『僕が戦場で死んだら』)や小説『Going After Cacciato』(邦題『カチアートを追跡して』)―― とは微妙だが決定的な違いがある。これは回想録でも長編小説でも短編小説集でもなく、これら3つの形式を巧みに組み合せた、幻覚を誘発する効果さえありそうな不思議な作品である。

   ベトナムはいまだにオブライエンのテーマだが、この本を見るかぎり彼は戦争そのものよりも、戦争に対する数えきれない視点に興味をもっているように思われる。そしてその多角的な視点を通してこの作品を書いているのである。『Going After Cacciato』が「現実」を扱っているのに対し、『The Things They Carried』は「真実」を扱っている。

   この本に収められた短編のほとんどは、「ティム」が語り手になっている。だがオブライエンは、ここに記録したできごとの多くは実際には起きていないことを腹蔵なく認めている。彼は「The Man I Killed」の中の「ティム」とは違って人を殺してはいないし、「Ambush」の中の「ティム」とも違ってキャスリーンという娘などいない。

   しかし、あるできごとが実際には起きていないという、ただそれだけの理由で、実際に起きたできごとよりも真実味がないということにはならない。「On the Rainy River」に登場するティム・オブライエンは徴兵通知を受け取ると車で北へ向かい、カナダとの国境近くのさびれたロッジでエルロイという老人と共に6日間を過ごし、そのあいだ悶々と、兵役を逃れるべきか戦場に行くべきか悩み続ける。実際のティム・オブライエンは北へ向かいはしなかったし、カナダ側の岸から20ヤードの位置に浮かぶ釣り舟の上で心を決めたりはしなかった。黙ってスーフォールズ行きのバスに乗り、そのまま米国陸軍に入ったのである。

   だが、「On the Rainy River」における真実は、そこに描かれた事実にあるのではなく、そこに描かれたうそ偽りのない心理的な体験にある。どちらのティムも正しいとは思わない戦争に参加し、そうしたことで自分を卑怯者だと考えたのである。

 『The Things They Carried』の短編は、どれもティム・オブライエンがベトナムで学んだもう1つの真実を物語っている。それは真実と現実、あるいは事実と小説の間のあいまいな線であり、これこそが彼の作品を脳裏に焼きついて離れないものにしているのである。