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夏目漱石全集: 104作品収録

価格: ¥0
カテゴリ: Kindle版
ブランド: 復興支援文庫
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近代日本における代表的小説家夏目漱石の『吾輩は猫である』『こころ』『それから』『三四郎』など104作品を収録


イズムの功過 (新字新仮名)
一夜 (新字新仮名)
永日小品 (新字新仮名)
岡本一平著並画『探訪画趣』序 (新字新仮名)
思い出す事など (新字新仮名)
カーライル博物館 (新字新仮名)
薤露行 (新字新仮名)
学者と名誉 (新字新仮名)
硝子戸の中 (新字新仮名)
元日 (新字新仮名)
木下杢太郎『唐草表紙』序 (新字新仮名)
教育と文芸 (新字新仮名)
京に着ける夕 (新字新仮名)
虚子君へ (新字新仮名)
草枕 (新字新仮名)
虞美人草 (新字新仮名)
ケーベル先生 (新字新仮名)
ケーベル先生の告別 (新字新仮名)
現代日本の開化 (新字新仮名)
行人 (新字新仮名)
坑夫 (新字新仮名)
こころ (新字新仮名)
『心』広告文 (新字旧仮名)
『心』自序 (新字旧仮名)
『心』予告 (新字旧仮名)
琴のそら音 (新字新仮名)
コンラッドの描きたる自然について (新字新仮名)
作物の批評 (新字新仮名)
三山居士 (新字新仮名)
三四郎 (新字新仮名)
『三四郎』予告 (新字旧仮名)
子規の画 (旧字旧仮名)
子規の画 (新字新仮名)
「自然を写す文章」 (旧字旧仮名)
自転車日記 (新字新仮名)
写生文 (新字新仮名)
趣味の遺伝 (新字新仮名)
初秋の一日 (新字新仮名)
処女作追懐談 (新字新仮名)
人生 (新字旧仮名)
鈴木三重吉宛書簡―明治三十九年 (旧字旧仮名)
西洋にはない (旧字旧仮名)
戦争からきた行き違い (新字新仮名)
創作家の態度 (新字新仮名)
それから (新字旧仮名)
それから (新字新仮名)
『それから』予告 (新字旧仮名)
高浜虚子著『鶏頭』序 (新字新仮名)
田山花袋君に答う (新字新仮名)
「土」に就て (旧字旧仮名)
『土』に就て 長塚節著『土』序(新字新仮名)
艇長の遺書と中佐の詩 (新字旧仮名)
手紙 (新字新仮名)
『伝説の時代』序 (旧字旧仮名)
点頭録 (新字旧仮名)
『東洋美術図譜』 (新字新仮名)
道楽と職業 (新字新仮名)
長塚節氏の小説「土」 (新字新仮名)
中味と形式 (新字新仮名)
二百十日 (新字新仮名)
入社の辞 (新字新仮名)
猫の広告文 (新字旧仮名)
野分 (新字新仮名)
『煤煙』の序 (新字旧仮名)
博士問題とマードック先生と余 (新字新仮名)
博士問題の成行 (新字新仮名)
長谷川君と余 (新字新仮名)
彼岸過迄 (新字新仮名)
「額の男」を読む (旧字旧仮名)
文芸委員は何をするか (新字新仮名)
文芸と道徳 (新字新仮名)
文芸とヒロイツク (新字旧仮名)
文芸の哲学的基礎 (新字新仮名)
文芸は男子一生の事業とするに足らざる乎 (新字新仮名)
文士の生活 夏目漱石氏-収入-衣食住-娯楽-趣味-愛憎-日常生活-執筆の前後(新字新仮名)
文壇の趨勢 (新字新仮名)
文鳥 (新字新仮名)
変な音 (旧字旧仮名)
変な音 (新字新仮名)
僕の昔 (新字新仮名)
坊っちゃん (新字新仮名)
マードック先生の『日本歴史』 (新字新仮名)
正岡子規 (新字新仮名)
幻影の盾 (新字新仮名)
満韓ところどころ (新字新仮名)
道草 (新字新仮名)
無題 (新字新仮名)
明暗 (新字新仮名)
明治座の所感を虚子君に問れて (新字新仮名)
模倣と独立 (新字新仮名)
門 (新字新仮名)
夢十夜 (新字新仮名)
余と万年筆 (新字新仮名)
予の描かんと欲する作品 (新字新仮名)
落第 (新字新仮名)
倫敦消息 (新字新仮名)
倫敦塔 (新字新仮名)
吾輩は猫である (新字新仮名)
吾輩ハ猫デアル (旧字旧仮名)
『吾輩は猫である』上篇自序 (新字新仮名)
『吾輩は猫である』中篇自序 (新字新仮名)
『吾輩は猫である』下篇自序 (新字新仮名)
私の経過した学生時代 (新字新仮名)
私の個人主義 (新字新仮名)

著者について
夏目 漱石(なつめ そうせき、1867年2月9日(慶応3年1月5日) - 1916年(大正5年)12月9日)は、日本の小説家、評論家、英文学者。本名、夏目 金之助(なつめ きんのすけ)。江戸の牛込馬場下横町(現在の東京都新宿区喜久井町)出身。俳号は愚陀仏。
大学時代に正岡子規と出会い、俳句を学ぶ。帝国大学(後の東京帝国大学、現在の東京大学)英文科卒業後、松山で愛媛県尋常中学校教師、熊本で第五高等学校教授などを務めた後、イギリスへ留学。帰国後、東京帝国大学講師として英文学を講じながら、「吾輩は猫である」を雑誌『ホトトギス』に発表。これが評判になり「坊っちゃん」「倫敦塔」などを書く。
その後朝日新聞社に入社し、「虞美人草」「三四郎」などを掲載。当初は余裕派と呼ばれた。「修善寺の大患」後は、『行人』『こゝろ』『硝子戸の中』などを執筆。「則天去私(そくてんきょし)」の境地に達したといわれる。晩年は胃潰瘍に悩まされ、「明暗」が絶筆となった。
(出典:Wikipedia)

※上記作品は青空文庫に収録されているものです。
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