非常に読みやすく、中村さんが等身大で著名ピアニスト達を描くので
芸術家といった重苦しい雰囲気がありません。
両親が音楽家であったバレンボイムは「人間はみんなピアノが弾けるものだ」と信じて
子供時代を過ごしたとか。有名ピアニストなのにそう見えない風貌の写真も載せられていて、
読んで楽しい内容です。
オリンピックのように点数で決着が付くスポーツ競技と違って、複雑で多様な価値観からなり、人の心が加わる音楽芸術の判定に決定的な方法の無いコンクールだから、政治や賄賂が絡むなど、その泣き笑いの歴史が、モーツアルトとクレメンティの対決逸話から始まり、実に興味深い。流石に、多くの著名な国際ピアノコンクールの審査員の経験者だけあり著名ピアニストの裏話など話題が豊かだ。
一番面白かったのは、チャイコフスキーコンクールで優勝してアイゼンハワー大統領の出迎えを受けて、凱旋行進でニューヨークを紙ふぶきで埋め尽くしたヴァン・クライバーンに絡む一連の逸話。リヒテルが満点を付けた彼の、フィラデルフィアでのコンサートが何故無味乾燥に感じたのか分かった様な気がした。
熱狂的なヨーロッパの聴衆の中でその素晴らしい演奏を味わったミケランジェリやブレンデルが、コンクールで全く悪かった話など面白い。聞き比べの妙味、設立後数年で国際的になった浜松国際ピアノコンクールの話等など話題豊富で、読後のコンサートの楽しみ方が変わってくること請け合いの好著である。