地味ながら独特の雰囲気、劇的な結末!
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宮崎駿氏の絵が使われていますが、表紙と挿絵など、全部まとめて18点程でしょうか?表紙以外は普通の線描によるもので、描き方も普通・・・宮崎氏だからと期 待すると・・・ちょっと「失望」するレベルです。この辺は、児童書としてはごく普通の作品と考えて下さい。
肝心のお話は、Uボートに関係するスパイ捜しのエピソードですが、筋の進み方としてはかなり遅いのでちょっと辛いかな?(笑)
悪ガキ連中の遊 び半分の日々が延々と続き、すっかり忘れた頃に事態が急進展して解決!という感じで、その合間に、戦時下の殺伐とした世相、労働者階級の主人公一 家の暮らし、愚劣な大人達と、対照的に心優しい大人達との交流、そして上流階級の少女との恋と別れ・・・等が描かれていきます。巻末に掲載された原作者の覚え書きによると、作者の自伝的作品であり、あちこちの描写も事実に近い部分も多 いそうです。
結末で見られる劇的な人間ドラマ、不本意な形で分かれた若い二人なのに一筋の希望を感じさせるラスト、傷だらけの主人公を優しく包み込むような終わり方も素晴らしいですね。
書名となっている「水深五尋」ですが、潜水艦のお話だからと思ったら全く違っていて、何と・・・シェークスピアの戯曲「テンペスト」に出てくる「詩」なのですね。周囲 の人間に恐れられ、さげすまれていた存在ながら、主人公チャスを励まし、助けた、ある心優しい中年?女性のための「詩」・・・分かってみると叙情豊かな書 名です。
全体としては地味で古典的な雰囲気ですが、悪の巣窟という感じの下町、ゴミためのような川や海の様子なども含めて、リアリティー満点の細かな描写の積み重ねのお陰か?充実した読後感を得られました。
傑作戦記文学
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イギリス階級社会のいやらしさ、日常的な暴力やいじめ、そして友情が、向かうところ敵だらけの少年われらがチャス・マッギルの眼を通して生き生きと語られていきます。川を行く軍艦の細かい装備や目の前のがらくたに夢中な男の子は、どんどん先に大人になっていく女の子を前にどうしていいのかわかりません。ごみためのような町で生きるはがねのような少年たちの成長を鮮烈に描く傑作戦記文学です。
自伝的であり社会的でもある
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「ブラッカムの爆撃機」以来の宮崎駿の表紙、および挿絵にまず感激!そして本邦初訳ということでもう一度感激して、早速手に取り読み出しました。
主人公のチャスは、「機関銃要塞の少年たち」に仲間たちと登場し、「チャス・マッギルの幽霊」などにも出てくるウェストールお気に入りの、と言うかほとんど本人がモデルのキャラクターです。
成長した彼に再び会えるのも楽しみですが、思春期も後半に及び、反抗の度合いはいよいよ手に負えなくなっています。大人たちと出会う先々でトラブルを起こし、舞台となる「ロウ・ストリート」の住人を引っかき回します。
前回、少年たちの「ごっこ遊び」が大変な事態を引き起こしましたが、今回も、気軽な「スパイ捜し」が軍隊やガーマスの警察、有力者を巻き込み、タグボートの船長や売春宿の女主人を味方に大活躍します。そして上流階級の娘との苦い初恋も描かれます。
こう書くと、いかにも気楽な冒険小説風ですが、やはり戦時下を描いているので、雰囲気は暗いです。しかもイギリスの深刻な階級社会の矛盾にも言及しており、著者の社会主義的な思想が伺えます。
結末は決して「めでたしめでたし」ではありませんが、主人公の行動にはささやかな希望を感じ、すがすがしさが残ります。10代後半の読者はもちろん、かつて少年だったあなたに、まずお勧めします。