歴史的事実の誤認が酷い
★★☆☆☆
かなり期待をして読み始めたのだが、歴史的事実に対しての誤認が酷すぎて、読む気が失せてしまった。
作品中で津軽為信が、1569年に山形城の最上義光に使者を送る場面が出てくるが、この時点で最上氏の当主は、父の義守にも関わらず、義守が一切出て来ず、「義光が当主」であるとなっている。
また、その義光が「伊達政宗の脅威により」というくだりが出てくるが、その時点での伊達家の当主は父の輝宗であり、政宗はまだ2歳に過ぎない。2歳の政宗に脅威を抱く最上義光っていったい何だ?
また、最上義光のもとに使者を送る理由として、「南部家との決戦の際に、隣国出羽の秋田実季から背後を襲われてはたまったものではない」というくだりが出てくるが、秋田実季が生まれたのは1576年である。まだこの世に誕生していない人物に背後を襲われるとはいったいどういうことなのか?
意味が分からない。どうやらこの作者は、全くの歴史オンチらしい。この程度の歴史知識も無いのに、歴史小説を書くとは、歴史を馬鹿にしているとしか思えない。もっと勉強してから出直すべきであろう。
一気に読める津軽為信の人生
★★★★★
北東北の雄,津軽為信の生涯を描いた作品.為信は極北の地において,軍師面末斎とともに国内および周辺の南部氏・秋田氏・最上氏と渡り合い,また中央政権とも交渉を持ちつつ,津軽国内を統一してゆく.
本作品中,為信とその軍師である面末斎の会話に次のような一節がある.為信が「仮にこの津軽の地に織田信長が生まれ育ったとすれば,どうなると思う?」と面末斎に問う.その答えは,「さて・・・.多分,津軽平野を平らげるのが,関の山でございましょうな」.司馬遼太郎氏が戦国時代物の中でしばしば述べているように,この当時の“地の利”の大きさは相当なものである.本作品のこの会話こそが,津軽為信という人物を表現するに正鵠を得ていると思う.
文体は読みやすく,ストーリー展開も上手い.楽しく一気に読める本であり,津軽為信に興味のある方には,一読をお薦めする.