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緑の家(上) (岩波文庫)

価格: ¥994
カテゴリ: 文庫
ブランド: 岩波書店
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ノーベル文学賞受賞作家の傑作群像劇 ★★★★★
 物語は,インディオの集落から無理矢理少女を連れ去るシーンから始まる。アマゾン川源流の地サンタ・マリーア・デ・ニエバの伝導所で,原始的な生活をしているインディオの少女たちにキリスト教教育を受けさせるため無理矢理さらってくるのだ。
 その伝導所で暮らす,少女ボニファシアが,無理矢理つれてこられた少女たちを脱走させたことで,伝導所で暮らすことができなくなってしまう。その後,物語はいくつかの段落に分かれ,それぞれの物語が,どういう関連があるのか,どの物語がどの時期の物語なのか分からないまま展開していく。
 まずは,ボニファシアを中心に展開する物語。
 次に,日本人ゴム密輸商人フシーアがアキリーノのボートに乗って河を移動しながら会話を続ける物語。二人が会話をしている最中に,突然その場にいないはずの人間が出てきて戸惑うが,これが映画的なフラッシュバックの多用だと分かれば,展開がおもしろくなってくる。
 三番目に展開する物語は,ペルー北西部ピウラの町にふらりと現れ,売春宿「緑の家」を建てるハープ弾きのドン・アンセルモの生涯に渡る物語。
 次の物語は,ピウラの町のマンガチェリーア地区に住むリトゥーマを中心とした物語。
 その他,アマゾン川ぞいのまちイキートスの行政官フリオ・レアテギや船頭アドリアン・ニエベスの物語などが絡んでくる。
 そして,なによりも戸惑うのは,同じ登場人物でありながら,別の物語に別名で登場することだ。特にボニファシアとリトゥーマには注意。
 一見複雑なようでいて,物語としてはベラボーにおもしろいので,とにかくジグソーパズルを完成させるように,人物をメモしながら読み進み,それぞれのピースがカチリとはまったときの感動を味わってみてはいかがだろうか。
壮大にして鮮彩な小説(★★★★★★★★★★★) ★★★★★
 バルガス・リョサの文章は、一つ一つは平易な表現で分かりやすい。しかし、この小説では幾つもの別々のストーリーが交差せども収斂せず、読者に全体を俯瞰する視点を与えてない。そのため今読んでる箇所の位置づけを把握するのは容易ではない。

 リョサはこの小説を、読者を意図的に混乱させるように、書いたように思える。誰かが思い出を語り出せば、前置きもなく次の行から思い出の時代に遡り、別の人物が語り始める。同じ段落内でも、次の文章からは別の登場人物が語り始める。
 途中で登場人物が追えなくなり、前に戻り読み返して驚いた。一度読んだ文章が生き生きと彩りを放ち、その箇所を読み耽ってしまう。これがリョサの企みなら、私はまんまとはめられた読者である。豊潤な想像力が生み出すクモの巣のようなストーリーの中で、アマゾンの無限に深い緑の中で彷徨うように読む耽る。
 
 小説の舞台になるのは主に以下の3箇所だ。
 @サンタ・マリア・デ・ニエバ
  アマゾンのど真ん中、インディオの子をキリスト教徒に教育する尼僧院がある。
 Aピウラ
  アンデスの西の砂漠の真ん中に位置し風で砂が空から降ってくる街。緑の家の建つ街。
 Bフシーアの島
  アマゾンのど真ん中、インディオと共生する偏屈男フシーアの住む島。

 この小説の主人公は一人ではない。強いて上げれば上記3箇所に住んだボニファシアか、緑の家の創設者でハープの名手ドン・アンセルモか。番長リトゥーマや闇ゴム業者のフシーアも主役クラスの登場人物である。
 長い小説の中で、ピウラは辺境のスラム街から、白人が住宅を建てる街へと変わる。フシーアやドン・アンセルモはどちらもが素性の怪しい流れ者である。彼らの退場と緑の家の変遷は開拓第一世代の終わりを象徴するようである。

 本小説は開拓時代の南米世界を丸ごと描いたスケールの大きな作品である。
 「一度読んでも分からない」のではなく、「一度で理解するのがもったいない」と評したい。
豊饒なる文学 ★★★★★
「小説とは、本質的に方法論を模索する芸術である」(三島由紀夫)
 バルガス=リョサの代表作「緑の家」は三島のいう言葉がもっとも当て嵌まる芸術作品である。本作は五つの物語で構成され、予測できない展開になっているが、見事にそれらは繋がりを持ち、恰もジャングルに迷い込んでしまった読者は、いつしか物語の素晴らしさと言葉の美しさの虜になる。前衛的手法を取り入れた物語の詳細は、読者の手により体験してもらうことが、何よりも大切である。時間軸や空間軸をひょいっと超え、魅力ある登場人物の活き活きとした姿に全身が引き込まれる。
 プルースト、ジョイス以後のいわゆる小説の危機とは無縁の「文学の可能性」が詰まったラテンアメリカ文学は、身体の中に入り込む不思議な存在である。「緑の家」は、ラテンアメリカ文学の豊饒〜土の匂い、風のうた、人の温もり〜を随所に官能でき、至福の読書体験ができると確信している。

 余談であるが、版元を変え親しみやすい文庫として復刊したことに、一読者としての喜びを感じている。
価値ある作品が時代を超え、人類の普遍的財産として受け継がれることは、翻訳者の熱意・労力(下巻末の翻訳者あとがきは必見の文章である)と出版社の真摯な態度(今後も新しい古典・読み継がれるべき書物を探索していただきたい)に敬意を表したい。
 更に望むのは、リョサのひとつの極であり、ラテンアメリカ文学の超大作であり、20世紀を代表する小説であり、読者を圧倒するスケールの「世界終末戦争」を岩波文庫で復刊していただきたい。南米に悠久な山河がある。それはアンデスという山であり、アマゾンという河である。奇しくもAmazonの源流がリョサのふるさとペルーにあることに不思議な縁を感じつつ、リョサの作品群が多くの人に触れられるよう願っている。