【復刻版】続・夏目漱石(上)―漱石先生と私 響林社文庫
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夏目漱石の異色の弟子の一人である森田草平による、『夏目漱石』の続巻です。これを三巻に分けて電子書籍による復刻版として発行するものです(昭和十七年甲鳥書林発行)。)好評のため版を重ねましたが、副題は、「漱石先生と私」というもので、小宮豊隆による同名の書が書簡や記録類を駆使した正史的なものであるのに対して、草平による本書は、個人的な交流の実相をふんだんに盛り込んだカジュアル的なものといえるでしょう。
続編の前の正編は、本響林社文庫シリーズの中の『夏目漱石先生の思い出』(下)に、その抜粋を収録していますので、それとともにお読みください。
この続編では、直接漱石と交わした会話が多数紹介されていますが、その不正と俗物的考えを非常に嫌っていること、権威や主義に対する反発が強いことがひしひしと実感されます。
他方で、続巻の冒頭で紙数を割いているのは、「漱石先生の弱点」というもので、それは夫人であるということを縷々述べています。英国留学中に夫人に送った書簡の数々を紹介しており、それらは私信であっただけに、漱石の気持ちが正直に吐露されています。英国滞在中は学校にも行かず、こもり切りで研究に励んでいましたし(『文学論』の執筆など)、異国での孤独や生活費の乏しさにも不安が募るなど、ストレスには大きなものがありました。そういう状況の中で、鏡子夫人に送った書簡は切実なもので、生まれたはずの子供の様子、夫人の体調などを気遣いつつ、夫人から手紙がわずかしか来ないことに苛立ちを募らせています。そういう過程のなかで、「だんだん日が立つと国のことをいろいろ思う。おれのような不人情の人間でも、しきりにお前が恋しい」という心情も吐露しています。英国生活で神経衰弱が嵩じたくらいですので、日本への懐旧心も募ります。「日本に帰りての第一の楽しみは、蕎麦を食い、日本米を食い、日の当たる縁側に寝転んで、庭でも見る、これが願いにて候」とも記しています。
これらは本書のほんの一部であり、漱石の個性豊かな門下生の様子、朝日新聞社入社をめぐる経緯、朝日新聞文芸欄をめぐるあれこれ、草平自身の平塚雷鳥との不祥事をテーマとした作品の『煤煙』を巡ること、そして修善寺の大患のこと等々、八百五十ページにも及ぶ大著は、興味をそそられるままに読み進んでしまうことでしょう。
漱石との生の会話は、非常に貴重なもので、漱石の一本気な一方で包容力のある人間性には感じ入るものがあります。
第一分冊には、次の章を収録しています。
第一章私が知る前の漱石先生
第二章先生のもとに走るまで
第三章初めて漱石先生に近づく
第四章先生とその門下生
(注)なお、原本が発行から70年以上経過しているため、変色やシミには著しいものがあるため、本復刻版においても、それらの痕がある程度残っています。その点はどうかご容赦ください。