世界屈指の名声とイメージを備えたブランドを新たに創造すれば、途方もない時間と資金が必要とディオールに惚れ込んで買収し、ルイ・ヴィトンを筆頭に、フランスの命とも言うべき高級ブランドを統合して、その産業の世界のリーダーとなろうとした希有なフランス人企業家の経営哲学が、この一書に凝縮されている。
最も唾棄すべきは、中央集権的なトップダウン志向の大企業型の企業戦略だとして、中央集権化を避け、信頼に応えうる各社の能力と目標の尊重を前提とした中小企業の集合体を統合、すなわち、経営、営業、創作の3部門で硊??成された三つの宇宙が、対立と調和の過程の中で、進歩と革新性を生み出すのだと、ブランド王国の頂点に立つ。
超絶的なブランドを持つ中小企業集団を束ねたグローバル企業経営と言う新しいビジネスモデル、そして、直接企業経営には役立たないが、あらゆる状況や問題に即座に分析できる理論的な思考法、すなわち、良き企業人に必要な資質を与えてくれるポリテクの教育等アルノーの語る経営哲学は、ウエルチ等に代表される欧米のビジネススクールのMBAコースだけが唯一の経営教育の場ではないことを教えて面白い。
事業成功の基本原則は、適切な時と場所を選び、チャンスを掴み、機に乗ずることだとして、唯一の失敗は、マイクロソフトの投資を見送ったことだと言い、ITや遺伝学関連などニュー・テクノロジー産業を展望する未来志向型の企業人であることも、アルノーの真骨頂であろう。
たとえば“前進あるのみ”といった経営姿勢について「富と安心のためですか?」と問いかける場面がある。
ベルナール・アルノーは「私にとってお金は目的ではないし、何かを意味する指標でもありません。富裕階級の仲間とみなされるのが最も心外です」と答えるのだが、この考え方を覚えておいて後段のアメリカン・ブランド論を読むと面白い。
そこでは、ギャップやカルバン・クラインのようなブランドは脅威となるかと問われる。そしてベルナール・ルノーはこう答えるのである。「ギャップやカルバン・クラインのようなブランドは一過性のものでしょう。その存在も成功もブランドの力というよりは、流通のテクニックに頼っているだけです」。
いかにもフランス風の“対アメリカ的断じ方”で、ビジネス書の領域を越えて読み手の視野を広げてくれる。