話が多岐にわたり過ぎて統一感がないが、面白く読めた。
★★★☆☆
著者は大学の研究者であるかたわら英語圏の文学を数々訳してきた人物。
本書の内容は広くいえば翻訳にまつわる事柄という共通項はあるものの、翻訳の技術論から日本を舞台にした英米文学の近況、横浜市立大勤務時代に経験した翻訳をめぐる学生との対話、最近増えてきた古典文学の新訳と過去の翻訳との比較など、実に多岐にわたっています。様々な活字媒体に綴ってきた文章を集めた一冊であるため、個々の文章には確かに興味深い事柄が見られるとはいえ、書全体を見渡すと少々とっちらかった印象が残るのは否めません。
それでも、私が興味深く読めた箇所をいくつか指摘してみると:
まずは第I章「翻訳の手順」。
ある小説に出てくるThe door closed. とA door slammed.の2文を比較して、前者と異なり後者では視点となる人物からそのドアが見えていない、音が聞こえただけである、という読み解き方をするという点にハッとさせられました。
定冠詞と不定冠詞の間に見えている/見えていないという差があるというのは言われてみるまで意識したことがありませんでした。今後ペーパーバックを読むときに大いに活用したい点です。
第II章「技術と道具」では、オンラインで引ける無料の辞書とその使い勝手について紹介しています。OneLook.comやAnswers.com、さらにはTheFreeDictionary.comといった著者お気に入りのサイトが紹介されていて、私も機会があればぜひ使ってみようと思います。
また私はこの著者の翻訳でジュンパ・ラヒリの小説をとてもわくわくしながら読んだ経験があるので、第IV章の「1.解釈をめぐる解釈」と「2.『わからないもの』を『わかるもの』に変える、ラヒリの小説」の二項はとても楽しく読みました。