クスクス共感
★★★★★
『‥それはあなたは 「気がつかない星人」だからなのだ。‥"ものごとの隠された意味"が読めない。‥「気がきかない星人」でもある。‥言葉のレトリックが通じない‥私は、いつか自分の星に帰る日を夢見る。‥きっと、緑したたる美しい星に違いない。』
以上は本書の『星人』からの引用である。
この他人の意図する事が理解出来ないという話は、本書中で何度も繰り返される。
しかし、岸本さんは"レトリックが分からない"と自分で書いておきながら、本人は字面どおりには理解できないような文章を書く。これが面白い。どう面白いかというと、ムンクの「叫び」を見て意味も分からずに「なんか凄い」と思うように、説明出来ない面白さだ。でも何故か思わずクスっと共感する面白さだ。
そして大体は何かに気を取られると、こだわりがどんどん発展して、シュールに変化していく話だ。本書のタイトルの『ねにもつタイプ』というのもおそらく"こだわりが強すぎる"という意味を言い換えたものだろう。もし本書を読了したあとに、まだあなたが字面通りに"ねにもつタイプ"と理解しているとするとすればあなたも「気がつかない星人」かも知れない。
本書の幾つかの話、例えば因業な老人達が派手な看板で商売をする『ゾンビ町の顛末』や、数行で終わる岸本版 桃太郎が6話ならぶ『桃』などはシュールな創作であり、最早エッセイでさえない。
他人の文章を訳す翻訳には常識が必要と思ってただけに、このおかしな面白さは驚きだ。
ただそのシュールな話の奥から時折顔を見せる、ヒリヒリするような感受性の強さも評者には魅力的である。
所でこの本には「自分の記憶力が究めてアバウト」という話がしばしば出てくる。さらにこの暴走する想像力を加味すると、本人も気付かぬうちに、翻訳するときに勝手に文章を付け足してそうで気になる。ぜひ岸本さんが訳した本も読んでみたいが、そのときは多少の注意が必要かな。
不思議な不思議な本でした
★★★★☆
単行本・文庫本、両方のレビューを読んで、図書館で借りて読んでみました。
エッセイでもなく、小説でもなく…どういう分野のお話なのでしょうね、とっても不思議な
世界が広がっていました。
ああ、あったあった…と子どもの頃やこれまでの人生の中でのよく似た経験があざやかに
よみがえって、すっかり忘れていた思い出に浸りながら読み進めていると、私を乗せた
タイムマシン的ジェットコースターは突如進路を変えてしまいます。
あらら、思いがけない終着点が待っていて、ほんとうに「なんだ? こりゃ…」というお話が
いっぱいでした。
翻訳家なので、日本語を主体に暮らしている私たちよりも、視野や発想の世界が広いのかも
しれないなと思いました。
評判どおりのおもしろさ
★★★★★
レビュアーの皆さんがそろって評しているように、なんでそんなことを思う? どうしてそこまで思う? ということのオンパレード。まさに妄想というか、夢想というか。
しかし、ある出来事や物事をとっかかりにして、意外な方向へ話が展開していく、その飛躍っぷりがとても面白い。minimalvoxさんが指摘しているように、SFのようなテイストもある。自然に(時に無理やり)ズレていき、気が付くと思いもよらない世界に導かれる。読者はそのまま放置されることもあれば、最後の一文で現実に引き戻されることも。
そんな流れについていけるかどうか。ある意味、読者を選ぶ作品のような気がする。ただ、ハマれば必ずほかの本も読みたくなるはず。『気になる部分』も楽しみ。
こどもごころの哀歓
★★★★★
面白くてあっという間に読んじゃいました。エッセイは小説とかよりも読みやすいことが多いけど、これもユーモラスであったかくていい感じです。
この著者は子どものこころというものを忘れていないようです。だからこんなに豊かでばかばかしいものをものすることができるのでしょう。
妄想を生き生きと表現して、短く切るスタイルで読みやすい。とにかく役に立たないように普通は思える生活上の妄想が、わずかな断面から鮮やかな姿を現します。
強引なワンパターンで笑わせる「桃」や、言語感覚で読ませる「かわいいベイビー」などが好きです。
しかし一番好きなのは、最後に収録された「ある夜の思い出」。小学校高学年の、まだ思春期の騒がしさに入らないでいて、大人の世界の基調となる物憂いトーンに浸っている感覚。この人もその感覚を理解していて忘れていないようです。
味わひは虚実皮膜の間にて
★★★★★
某日、
取引先の訪問まで15分の暇があり、
御茶ノ水駅前の本屋へ立ち入る。
平積みの文庫本を物色中、
『ねにもつタイプ』
の書名に目を留め手にとる。
裏表紙の紹介文を走り読み、
いたく興味をそそられる。
頁をぱらぱらとめくり、
瀟洒な挿絵を見て、ふと
「エスプリ」ということばが浮かぶ。
表紙見返しの著者略歴を読み、
ニコルソン・ベイカーの
『中二階』
等々の訳者であると知り、
買うことを決意する。
某某日、
いやな予感を覚えつつも、
バンド「ランナウェイズ」を
動画検索してしまい、
以来、凶霊「チェリーボム」に憑依され、
少なからず後悔を覚える。