大伴家持〜その誕生から死後の名誉回復まで〜
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文学史に不朽の足跡をのこした大伴家持の評伝です。
著者は若き日の家持が関わった女性たち(笠女郎・紀女郎・平群女郎)との交際期間と破局の時期を、万葉集にのこされた歌を手掛かりに割り出しています。
また著者は彼とその歌友・藤原八束との長年にわたる交流を、万葉集から浮かび上がらせることにも成功しています。
越中国守時代の「山柿の門」「自慢の鷹を逃がしてしまう」「左夫流児」「大伴池主に鵜を贈る」などの小事件への考察も抜かりはありません。
大伴家持が石上宅嗣らとともに大師(藤原仲麻呂)暗殺計画容疑で逮捕された事件の真相に迫る、著者の推理は鋭いです。
晩年の彼と桓武天皇との確執も、政治史の観点から的確に解説されています。
・巻末に大伴氏・藤原氏・皇室の詳細な家系図あり。
・表紙カバーは家持本人が自署した太政官符の部分写真。
歴史家の視点でとらえた官人・歌人家持像
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万葉末期の代表的歌人大伴家持。万葉編纂者の一人でもある。天平内乱の時代をこの貴族政治家がどう生きたのか、なぜ「歌わぬ人」となったのかを追究するのが本書の大きなねらい。歴史家らしい、歴史的な背景に関する独自の深い洞察力によって万葉歌人を解き明かす。
変貌していく時代にあって呻吟する知識人の苦悩というもの、政治の荒波に翻弄され続けた歌人への同情共感するものがあったにちがいない。ただ、山本健吉の『大伴家持』とちがうところは、歌人としてだけではなく、武門の出・官人として捉えようとする歴史家的視点である。
「佐保大納言の家史」「少年家持」の章に次ぐ「天平貴族の青春と恋」が本書の中核だと自負しているところもある。社会的・歴史的背景を作家の精神と作品制作の上で重視するというのが、本書のとった方法なのだろう。この時代の苦悩を背負って立ち、悲運に埋没した家持の、その全貌を後続の次の各章で確かめることができる。
「越中国守時代」「家持と橘奈良麻呂の変」「持節征東将軍の最期」「藤原種継の暗殺事件をめぐって」[解説 身崎壽]