歴史の中の萬葉精神
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本書『萬葉集の精神』の初版本は、昭和17年6月上梓された。A5判571頁に及ぶ大著である。著者は奈良県桜井市に生まれ、萬葉集の遺跡を足で歩いて育った。その中で真の萬葉精神を体得した。
著者は本書において、萬葉集に現れている古典の精神を、現在の文芸の創造という立場から論ずるために、萬葉集の成立を、その詩歌創造の契機から鮮明にしようとしたものである。したがって、萬葉集に現れた歴史の精神を、上代日本人の最高の意識を通じて見るために、大伴氏の異立の歴史と精神に沿いながら、家持の自覚と回想を主題としている。
防人の歌の指導者としての家持は、最も重大な文学者としての責任を自覚した。彼のような偉大な沈痛なことを自覚した文学上の思想家は、まだ現れていない。永遠な人倫の根底となる神意の保持を素朴に維持した。国の精神を誤らないように大本の思想の確立を考えた。
家持の歌は非常な孤独を思わせる歌である。彼は時代の先端に身を置きつつ、心の奥で密かに古い歌の姿への情熱に燃えていた。
古典が持て囃され、国粋が幅を利かす時局とは別のところで、「今日に於て萬葉集の最後の読者であるかもしれない」と記す著者である(雅)