下層階級から見た元寇
★★★★☆
元寇を取り上げた小説は結構あると思うが、本書は主人公の3名の男女が何れも、商人や下級武士の名もなき庶民で、その目線で描かれているところが斬新だ。
3名は元寇の緒戦で戦場となった壱岐で10代前半を共にするが、3人とも権力も財力も無いため、運命に流されるままにその後ばらばらになって、各々が違う形で元寇に関わることになる。
やや運面の変転が激しすぎて現実感に乏しい面もあるが、物語の展開がテンポよくさくさく進むため、結構楽しむことができた。
大海が紡ぐ鎌倉時代の今様
★★★★★
宋に渡ろうとして失敗した源実朝は、「大海の磯もとどろによする波われて砕けて裂けて散るかも」と詠んだ。それから54年後、同じく渡宋を企てた主人公の1人の二郎が乗る船は、大海の波に砕かれた。4年後、あの蒙古襲来である。
文永の役、弘安の役を蒙古側からの視点でも描いている。躍動する自然活写も海の波のようで心地好い。
今年、対馬を訪れた際に、「街道をゆく」(司馬遼太郎)に記された、元寇古戦場の小茂田を訪ね、静かな海の彼方を眺めた。果てしなく明るい海の先には、朝鮮、中国が連なっている。三国に跨がる物語が、予想を覆す展開で進行する。
NHK「日本と朝鮮半島2000年:蒙古襲来の衝撃、三別抄と鎌倉幕府」で、三別抄が元に抵抗したことが、結果的に日本に利をもたらしたことを知る。三別抄のことも、わずかだが言及されている。
熊本の御家人の竹崎季長の発する「せからしか」などの肥後弁の数々が懐かしい。季長が描かせたいと語っていた「蒙古襲来絵詞」の絵師へと、二郎の姿が重なる。
官僚機構の鎌倉・京都と民衆の関係は、今でも変わらない。浜に打ち上げられた漂流物のように、物語が終了した後に、梁塵秘抄の今様が残渣する。
時代の匂いを感じさせる筆致。
★★★★★
二度にわたる元寇によって波乱の人生を余儀なくされる
三人の男女を描く書き下ろし小説。
小説すばる新人賞受賞作の「桃山ビート・トライブ」の
著者の第二作目。
舞台は元寇の襲来間近の壱岐、主人公三人の出会いから
スタートする。
前作と同様、物語は全編通じて笛の音を始め歌舞音曲に
彩られており、殺伐とした戦乱の世に生きる庶民の底力と
人間の夢や希望が描かれる。
一方で迫真の戦闘や戦慄の虐殺を描き、血なまぐさい
場面が多いのだが、さわやかな読後感が得られているのは
そのせいだろうか。
二作目にして、既に独自の作品世界を感じさせる作家が
登場した。
次作も期待したい。