だが、本書を読んでみて、戦後憲法学もそれなりに苦労して理論を構築してきたのだと分かった。戦後日本の複雑な政治状況の中で、学問としての中立性・廉潔性を保ちつつ、保革対立に正面から巻き込まれないよう留意しながら、個人の尊重や国民主権といったリベラリズムの基本的価値を説いていくことは、決して容易ではなかった。そうした困難な事業に取り組んできた戦後憲法学の苦労の軌跡が、本書からは伺える。また、著者の「憲法」(岩波書店)のある種の「歯切れの悪さ」が、海外の理論を限られた字数で紹介する際にも出来るだけ原文のニュアンスを損なわないようにしようという著者の知的良心の表れであることが、本書を読んで分かった。
とはいえ、具体的な結論には納得のいかないものもある。例えば、一方でポツダム宣言の受託により「八月革命」が起こり「国体」は変更されたとしつつ、他方で「国柄」は変更されていないから明治憲法下で制定された法律も有効だとするのは、便宜的にすぎるように思える。また、現行憲法の正統性や自衛隊の違憲性を論じるに当たり、「法理論としては」という留保を頻発するのも、やや言い訳めいて見える。
それでも、ある程度以上に知的に正直である人ならどうしても感じてしまうであろう憲法学の学問性に対する疑念を、(払拭とは言わないまでも)緩和してくれるという意味で、本書は貴重な一冊である。