なぜ革命後の社会体制は安定しないのか?
★★★★★
社会に影響を及ぼす「革命」に対する問題を投げかけた本として「古典」と称しているが、評者にはそうは思えない。
読み更けていくと、「革命」という言葉への問題定義にかなり突っ込みを入れている。それはロシア革命からフランス革命へ鋭いメスを入れ込み、フランス革命後のジャコバン・クラブによる恐怖政治と、ロシア革命後のスターリニズムによる人民弾圧という悲惨なプロセスに批判を浴びせ、なぜ革命後の社会体制は永続できなかったのか?政治哲学というよりも、歴史の皮肉を見せ付けられているようである。
それは、フランス革命の失敗の教訓を生かせなかった問題だけではなく、今そこにある危機とも見れなくはない。それは、アジアに於いても中国の革命が文化大革命という大量虐殺化し、それがカンボジアでのキリング・フィールドを考えるときに、本書を古典として考えるべきではないだろう。
革命のみならず、近代政治に関わる概念・制度について考察した1冊
★★★★★
本書をホブズボームの「革命の時代 ヨーロッパ 1789−1848」(邦題「市民革命と産業革命」)を読む際に同時並行で読んだ。書名が「革命について」(原題On revolution)となっているが、ここで語られているのはいわゆる「フランス革命」と「アメリカ革命」「ロシア革命」のそれぞれ「自由の創設」の経緯を記述して比較考量する、という目的に終わることなく、例えばジョン・スチュアート・ミルの「自由論」(原題On liberty)で展開されていた議論を継承した性質、特に、イギリスの市民革命で開発されていたにしろ、実質的にはフランス革命の勃発とジャコバン独裁、テルミドール反動、ブリュメール18日、第一帝政といった出来事の連鎖によって出来あがり、ナポレオンの遠征によって他のヨーロッパ大陸諸国にも広がり、採用され、ウィーン体制後にも浸透し続け、現在に至るまで採用されたり棄却されたりしている近代政治上の概念、政治体制の諸々についての再検討というのがアレント自身の真の狙いだったのではないかと思える。
フランス革命の始まりは、中産階級の政治的不満、アメリカ独立戦争への戦費提供による宮廷財政の逼迫があったにしろ、結局決定的誘因は全土に広がる農業の不作、それによる貧民の飢饉にたいする恐れであったこと、貧民の暴動に乗じて権力を奪取したロベスピエールはルソーの説く国民の一般意志なる集中された権力概念を統治の拠り所にしたこと、その理由は先行する統治形態が絶対主義権力だったことからの帰結であったこと、仮構された国民の一般意志はジャコバン独裁という一党独裁の権力に変わってしまったこと、以上の過程はフランス革命を先例にしたロシア革命でも反復されたことを一方に置き、他方には、イギリスの植民地として植民地アメリカは100年を超える実質的自治を実践していたこと、そもそもメイフラワー協約、ヴァージニアでの権利宣言など植民者相互の双務的契約は自明の実践行為で、権利の行使は日常行為の中でなされていたこと、本国からの独立を図る際には、モンテスキューの、法や権力を超越的な原理ではなく、人間相互の関係をあらわすものとみなす理論をもとにし、又独立する先の宗主国であるイギリス自体が絶対主義には程遠い制限権力だったことによって、権力を集中する形ではなく、権力を分立させて、均衡させることで安定的な統治形態を置くことが出来たとする。
以上の話しの流れに着目すれば、アメリカ革命がフランス革命よりも優れているという結論になるが、そこに至るまでにアレントは意志と意見、権力と権威、同意と代表など政治上で作用する諸力の概念の分析、リバティとフリーダムという二つ「自由」概念、それらが関わる公的領域と私的領域などの解説も同時に行っていて、そこに本書の難解さの一端、あるいは独特の面白みがある。
そして最後の章で、いずれの革命も見失い、それ以後、第二次世界大戦後の政党政治による民主政体も見失った統治形態があるといい、それはフランスの例で言えばコミューン、ロシアの例で言えば評議会、アメリカの例でいえばタウンシップという小集団による政治参加だという。それらの仕組みは、政治の意思決定に各階層の成員を継続的に関わらせることで代表制の持つ脆弱性をファイナンスし、代表民主制を再活性化させる為にも効き目があると著者に目されている。民主主義=代表制が何年かのうちで選挙日当日にしか実質的に実現していない、という本文中に引用されている19世紀アメリカの風刺は、21世紀日本においても風刺の効き目を失っていない。
今の日本でも自明とされている統治形態は、間違いなくフランス革命の一連の過程で生まれ、ヨーロッパ諸国及びアメリカで変容した制度や思想を継承している以上、ここで展開されている「革命において」現象した政治概念・政治制度についての考察は日本人にとっても無縁ではないし、有益なのではないかと思う。上で要約した以外にも多くの論点があり、いろんな読み方の出来る深さを持った1冊だと思います。
「革命について」を要約
★★★★☆
非常に難解。一回読み通してから、訳者あとがきと解説を読んで、
そして二回目を読んだところで、ようやく全体像を捉えることができた。
革命の成功とは、人民が権力に参加するための積極的な政治的自由
を確立すること、すなわち共和政の樹立であるという観点から、革命
について論じる。革命とは「自由の創設」であって、「解放のための闘い」
と同一視してはならない。
その観点から個々の革命について評価すると、アメリカ革命は成功した
革命であり、フランス革命とそれに続く形のロシア革命は失敗した革命
である。革命が成功するためには、統治形態への深い関心が必要であっ
て、フランス革命においては統治形態よりも貧困という社会問題の解決
に関心が寄せられたため、「革命そのものを失った」(p.78)のである。
アレントの思考
★★★★☆
アレントの議論は結論において、非常に常識的である。
この本はフランス革命とアメリカ独立革命の比較を通じて議論が進められていく。その仕方は非常に常識的な結論とそれとはかけ離れた瑣末な問題を扱うことにある。いわば、常識人と瑣末にこだわる学者の二種の人種が共存している世界を提示する。
結論というものは瑣末な問題の分析から出発して、帰納的に進行し、その結果、総合的に得られるものが普通であるが、アレントの思考には、このごく一般的な思考回路が見られない。主張と問題提起がばらばらに乖離し、一点に集中していくことがない。従って、瑣末にこだわらなければ、結論は見やすい。
たとえば、革命の目的として、自由と必要性(貧困)を掲げ、フランス革命が自由の創設・構成(ロベスピエールの言葉)に失敗したのは、自由よりもはるかに強力な必要性(社会問題・貧困)に屈したからであり、革命の目的は人民の福祉・幸福になった、と。そしてこれを理論化したのが半世紀後のマルクス。その後の革命はこれを模倣している、と。言ってみれば貧乏史観が自由史観に勝利したということか。
アメリカ革命は二つの留保条件を持ちながらも、貧困がなかったがゆえに成功した、と。留保のひとつは、理性的な政治問題、「代表性」にかかわる政治参加という統治形態。もうひとつは、感性の問題、ルソーにもある「同情」の情熱という主役。これを必要としなかった唯一の革命がアメリカ革命であった、と。裕福には同情はいらない、というところか。
アメリカ革命はもっぱら自由という政治問題に委ねることができたのに対して、その他の革命は、貧困の感性と同時に自由の理性という二つのことを目的としたがゆえに失敗した。
30年以上前に書かれた、「革命」についての考察。
★★★★★
著者は近代西欧史において出現した「革命」ついて以下のように述べている。革命とは自由の創設であり、自由が姿を現すことの出来る空間を保証する政治体の創設である。革命を理解する上で決定的なのは、自由の観念と新しい始りの経験とが同時的であるということである。「生命、自由、財産」そのものではなく、それらが人間の奪うべからざる権利であるあることを認めたのが革命の成果であった。自由の内容は公的関係への参加であり、貧困などの束縛からの解放ではない。革命の目的が社会問題の解決となるとそれがテロルを導き、そのテロルこそ革命を破滅に追いやる。革命は、革命が創設を目的とするなら、創設をもたらした革命の精神こそ革命自体の脅威なるという難問を内包する。等々。
以上の考察は、省略して言えば、ルソーの思想に影響されたフランス革命は悲劇として失敗したがその革命の精神は受け継がれ、モンテスキューの思想の影響が大きかったアメリカ革命は革命の成果をもたらしたがその精神は忘却されて継承されず、マルクスの思想に導かれたロシア革命は革命自体が悲劇の失敗に終わった、という著者の歴史解釈と対応している。
この本が著された時代においては、どちらを向いても受け入れられそうもない考えに見えるが、人間の社会における創設の一つである「革命」の意味を深く考えさせてくれる本なので是非若い方に読んでもらいたいと思います。