労作、傑作、意欲作!!
★★★★★
これはかなりの労作である。一冊の本に纏められると読む方としては非常に手軽なのだが、これだけのデータを集めるというのはちょっとやそっとでは出来ない芸当だと感心してしまった。小鷹信光といえば、ぼく的にはハードボイルドの大家っていうイメージがあったのだけれども、本書を読むかぎりそれだけでは括りきれない幅広い分野において造詣が深かった人だったんだなと認識を改めた。なんせ本書で紹介される短編小説の数だけでも凄い数だ。ここで本書の体裁について説明しておこうと思うが、本書の基盤はかつて小鷹氏がハヤカワミステリマガジンで1973年から1975年の間に連載していたミステリ・エッセイ『新パパイラスの舟』なのである。このエッセイがまたおもしろい企画で、毎回テーマを決めて、それに合ったアンソロジーを編纂するというコンセプトなのだが、ここで紹介される短編の数が半端でない。そして本書ではそれに付記として「あとがき」を添えて尚且つ各テーマに合わせた短編を収録するという凝りようなのだ。これがどれだけ大変なことなのかは読んで実感していただくしかないが、頭が下がるのが言及されている短編すべてにおいて注釈として初出誌及び後の収録本まで追跡してリストアップされている点である。だから本書は書誌的な一級の資料としても大変重宝な本なのだ。総ページ数が700ページになってしまったというのもむべなるかなである。個人的にこの中で気に入った短篇はというとサンタクロースを信じる少年が目にするあまりにも残酷な出来事を描いたグリーンの「拝啓ファルケンハイム博士」、ガラガラへびに怯える母娘を描いてフォークナーの描く土着的な暗い情念の怖さを現出させたかのようなハイムズの「へび」、愛犬を轢き殺された保安官と相棒のコミカルなやりとりが印象的なシェイファーの「犬の厄日」、女房と彼女のペットたちを一気に葬り去ろうと企む亭主が成功一歩手前でどんでんをくらってしまうギルフォードの「ラム好きの猫」、危険を犯して作品をものにしようとする勇猛な女性画家が辿る事の顛末を描いたヒックスの「密造酒業者の肖像画」等々である。一度も見かけたことのない作家が多いのはさすが。またこの当時すでにロバート・トゥーイやジャック・リッチーなどの後にブレイクする作家を見出しているのも慧眼だといえる。
大部で高価ではあるが、それだけの価値はある本だ。論創社もなかなかいい仕事してる。翻訳好きでミステリ好きには必読の本といえるだろう。ぜひ、ご一読を。