杜甫の誠実な人柄がしのばれます
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お二人が語っているように、李白の言葉がハリウッド映画のようなコンピュータグラフィックスを多用した華麗なイメージを広げるのに対し、杜甫の言葉は白黒スタンダード画面で丁寧に撮影したドキュメンタリーのような印象です。杜甫は儒教の教えを心から信じていたようで、常に農民や市井の人々の暮らしを思いやるとともに、安史の乱によってかきまわされることになった自分自身の不遇の境遇についても、それを嘆くだけでなく、もっと悲惨な人々に想いを寄せていきます。
誰でも一度は読んだことのある『春望』。この作品は安史の乱に巻き込まれて、安禄山軍に捕虜となった杜甫が長安に幽閉された時につくったものだということぐらいは知っていたものの、究極の律詩であるという評価までは知りませんでした。というか、そもそも、律詩の形式を整えたのは杜甫だったということです。「国破れて山河あり」という大きな詠いだしから、最後は髪が抜けて冠をつけるピンもとめられないほどになってしまう、と小さな「簪(しん=冠をつけるためのピン、かんざし)」に注目する全体の流れ。さらに3・4句も5・6句も「環境〜自分のこと〜環境〜自分のこと」という公私の対比がみられ超一流とのこと(p.117)。
太平洋戦争の終結時という大状況に、多くの日本人が思い出したのは『春望』だといいますが、それがこうした超一流の詩だったというのは、救いだと感じます。
問答形式で詩聖杜甫を解きほぐしている
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NHKラジオ「古典講読ー漢詩」(平成19年10月〜20年3月)で取り上げられた詩聖杜甫の作品と生涯を一冊の本にまとめたのが本書である。質問者(江原正士)がいて、先生(宇野直人)が解説するというスタイルをとっている。
ーものの受け止め方が、杜甫の中で変わって来ているんでしょうか。
そう思います。ときに、日本人の歌人や詩人に影響が大きく、たとえば前にも出た正岡子規は「秋興八首」全てを短歌に翻案しています。ちなみに第一首は「旅枕菊さき楓衰へてをちこち城に衣打つ也」となります。
このように分かり易く、親しみやすい体裁になっている。
詩仙李白と並ぶ大詩人という定評がありながら、詩聖李白がしばしば小説や戯曲の主人公になり、肖像画もいろいろ残されているのに、杜甫はそういう話題性に乏しい。
そういう中で、本書カバーに使用された肖像画は貴重である。近代日本画家橋本関雪の出世作で、平成10年奈良市で発見されたものである。