映像にして見てみたい
★★★★★
純文学私小説を読むのは、ほとんど初めてのこと。以前川崎長太郎さんのものを手にして読み始めて、ふいっとやめてしまったから、およそ縁のない世界なんだと思い込んでいた。もっぱら読書といえばルポ物が中心で、「新潮45」お得意の事件物などばかり、殺伐とした人間風景をピープ・ショウばりにのぞき見るのが好きで、それで過ごして来たのが、最近どうもそれだけでは隙間風のわびしさが身に沁みる。ちょっと気取ってこれを取り寄せてみた。全9編が輯載されているが、著者にかかわる人々のしがらみ、まつわりつく人間生態のきめ細かな観察と現在のじぶんの存在位置との天秤にかけるような語り口は読んでいて、事件物をしのぐ面白さであった。これらの一篇一篇をだれか映像として見せてくれはしないだろうか。そんなことを強く感じながら読み終えた。もう昭和ははるかに遠く、こうした人々を演じて見せてくれるだけの役者がいないことの無念さが身にしみる読書体験であった。