【復刻版】ゴロヴニンの「日本幽囚記(下)」ーロシア人士官が見た幕末日本 (響林社文庫)
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【復刻版の原本】
この電子書籍は、以下の書籍の版面を複写し、シミ、ヤケ、活字のかすれ等をできるかぎり修正し、読みやすくした復刻版です(版面固定型)。
ゴロブニン著、井上満訳「日本幽囚記 下」(岩波文庫 昭和21年6月10日発行)
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【解説】
「「日本国および日本人論」で日本の地理風俗習慣、国民性や宗教、政治等「この驚くべき国家」を論述、当時の日本の一面を伝える」(岩波文庫解説)
ゴロブニンについて、ウィキペディアより。
「1807年から1809年にかけディアナ号で世界一周航海に出て、クリル諸島の測量を行なう。1811年、軍により千島列島の測量を命じられ、自らが艦長を務めるディアナ号で択捉島・国後島を訪れる。しかし国後島にて幕府役人調役奈佐瀬左衛門に捕縛され、箱館で幽閉される。ゴロヴニーンは幽閉中に間宮林蔵に会見し、村上貞助や上原熊次郎にロシア語を教えたりもした。
1813年、ディアナ号副艦長ピョートル・リコルドの尽力により、ロシア側が捕らえた高田屋嘉兵衛らの日本人を解放するのと引き換えにゴロヴニーンは解放された(ゴローニン事件)。帰国後の1816年に日本での幽閉生活を『日本幽囚記』という本にまとめた、この本は欧州広範囲で読まれた。1825年には日本でもオランダ本から訳された「遭厄日本紀」が出版された。同書は、ニコライ・カサートキンが日本への正教伝道を決意するきっかけとなったことが知られる。1817年から1819年にかけてカムチャツカ号で再度世界一周航海に出た。」