推理小説史上記念すべき作品
★★★★★
まさか、出るとは思いませんでした。なんせ昭和10年〜22年まで抄訳や翻案しか出版されず、ほとんど完訳されていなかった。だから、古本屋を見て回っても先ず御目に書かれなかった。ネットでも3万を越えて取引されるほどマニアにはたまらない作品の一つです。お金の無い私にとって2625円はまさにお買い得品だった。あのエドガー・アラン・ポーが「モルグ街の殺人」を1841年に発表してその後24年後に発表された世界最初の長編推理小説と聞けばマニアで無い人もこの価値をわかってもらえるでしょうか。コナンドイルの「緋色の研究」にもルコックの名がポーのオギューストデュパンと並んで紹介されています。そういった意味で今回の完訳は推理小説の歴史を知る上で資料的価値もあるのです。今回の国書刊行会の業績に感謝すると同時にこれからも消え去った推理作家の完訳に力を入れてほしいです。とここまでマニアックな感じのレビューになってしまいましたが、推理小説マニアには聖書に近い作品だと分ってほしいです。
この長編はメロドラマかしら?/産みの親より育ての親、世間の人はそう言うが・・
★★★★☆
世界最初の「短編」探偵小説は?ポーの「モルグ街」。では、世界最初の「長編」探偵小説は?ガボリオの「ルルージュ事件」。
エミール・ガボリオ(仏)。彼の作品及び彼のシリーズ探偵であるルコックは19世紀当時、世界中で人気を博しました。具体的な例をいくつか挙げると・・ロシアでは、トルストイが彼の愛読者であり、チェーホフは刺激されたかいくつかの探偵小説を手がけています。オーストラリアでは、ガボリオに触発されたファーガス・ヒュームが当時の大ベストセラー「二輪馬車の秘密」を発表。日本でも、黒岩涙香らによって翻案されたルコック物が好評だったようです。
探偵小説の歴史を見ても、行動型探偵のルコック刑事のキャラクターはクロフツの「フレンチ警部」やシムノンの「メグレ警視」らに受け継がれています。
さて、「ルルージュ事件」。1862年(「ああ無情(レ・ミゼラブル)」の出版された年)3月6日、某所でルルージュなる老婆の殺害死体が発見された。これには、三十年以上前にある名家で起きた赤ちゃんのすり替え事件が関っていて・・。(うーむ、今じゃ昼ドラかケータイ小説でもなけりゃお目にかかれない話ですね?)
本作でのルコック刑事は登場はすれどもただの脇役で、代わってこの事件に立ち向かうのは彼の師匠である警察の密偵・タバレ老人(こん畜生が、尻を思いっきり蹴飛ばしたくなるような天災型素人探偵)、予審判事のダビュロン(この方が本作で一番、切ない役回りかもしれません。嗚呼、クレール・・)、パリ警視庁のジェヴロール(このオッサン、どう見てもレストレード役と思いきや)です。この三人がそれぞれの立場で真相を追って行くのです。
私が本作で特に驚かされた点は三つ。タバレの披露する演繹帰納(?)推理(これがルコックやホームズに受け継がれていったのですね)、当時すでに「アリバイ」という言葉があったこと、そして本作がルコック物で多用された二部構成(第1部「事件編」第2部「過去編」)でなかったこと。事件の「真相」は、終盤まで伏せられています(もっとも、分かる人にはバレバレかも。作者も隠すことにはあまり関心がないようだし)。
謎解きのみを期待する方に本書は退屈かもしれません。しかし、クイーンの「黄金の二十」や乱歩の「古典ベスト・テン」に挙げられているこのマイルストーン、一読の価値は確かにあると思います。どうぞ、19世紀フランスのロマン溢れるお涙頂戴劇(??)を堪能して下さい。