ファン心理の機微を捉えた、軽妙洒脱なパロディ集
★★★★★
◆「ジョン・ディクスン・カーを読んだ男」
エドガー・ゴールドは、叔父から遺産は一文もやらないと告げられる。
カー作品の愛読者であるエドガーは、カーが使うような密室トリックを用い、
叔父が遺言状を書きかえる前に、彼を殺害しようと企て、煙突の掃除をし、
白シャツ、白ズボンを用意する……。
倒叙形式の《密室》もの。
エドガーが仕掛ける密室トリックは至ってシンプルではありますが、なかなかに巧妙。
また、カーの密室講義では除外されていた煙突脱出をあえて用いるところに
病膏肓に入ったファン心理が窺え、思わずにやりとさせられてしまいます。
作中で、折に触れてカー作品の特徴について言及されるため、万一、
カーを知らない人でも置いてけぼりにされることはありませんが、
逆に、ネタバレになっているところもあるので、気にする方は
注意してください(『火刑法廷』の結末に触れています)。
まあ、本書を手に取るような方には、釈迦に説法だと思いますが(w
昔懐かしい名探偵に再会する同窓会のような短編集。
★★★★★
古き良き探偵小説をこよなく愛した米国作家ブリテンの『〜を読んだ〜』シリーズ他全14編を収録した日本独自編纂の初短編集。本書は黄金時代の巨匠達が産みだした作品や名探偵を、彼らを愛するファンがそれぞれに真似をして推理するという趣向の物語を集めています。カー・クイーン・スタウト・クリスティ・ドイル・チェスタトン・ハメット・シムノン・クリーシー・アシモフと、野球で言うならばオールスター・ゲーム並みの超豪華なラインナップです。
カーを見習った密室殺人に挑戦しながら最後にしくじる青年、クイーンの論理的推理で窃盗事件の謎を解く老人、チェスタトンのブラウン神父の逆説で自殺者の名誉を挽回する人情神父、クリスティのポワロの如き灰色の脳細胞で奇妙な若者達の起こした事件を解き明かす少年、シムノンのメグレ警視のように人間の内面を洞察する手法を使って犯罪者の正体を暴く運送業者etc。
シリーズ外の3編も本格推理の醍醐味を味わえる好短編揃いで、非常にクオリティの高い一冊と言えるでしょう。少しだけ気になるのは、全体的にワード・パズルの占める割合が若干高い点ですが、何れも洒落たセンスが感じられる解決となっていますので、まあ良しとしましょう。本書を読むと、シリアスな現代ミステリーも良いけれど、たまには昔熱く胸をときめかせた探偵小説を読み返してみるか、という懐かしい感慨が強く込み上げて来ると思います。まるで同窓会のような気分で素晴らしい推理の饗宴を、どうぞお楽しみ下さい。
よくぞ出版していただいた。
★★★★★
この作家をサンテッスン編『密室殺人傑作選』で知ってから、三十余年。
ついに単行本として読める日が来たかと、それだけで感激。
邦訳で読めること自体に意義があるという意味での星5つ。