表情が付きすぎて、こってりとしたモーツァルト
★★☆☆☆
モーツァルトの数多い傑作のうちで無理やりベストワンを選ぶとするなら・・・。
いまの気持ちでは、コンサートアリアのK.418だ。これほど軽やかで、これほど哀しく、これほど精妙な音楽は他に思いつかない。勿論、日によっては『魔笛』や『フィガロの結婚』や『プラハ』や弦楽四重奏曲、ピアノコンチェルト22番や27番、あるいはクラリネットコンチェルトを選ぶことになるかもしれないが・・・。
さて、本ディスクのK.418であるが、これはいただけない。グルベローヴァは美声なのだろうが、声の持続力が衰えている。そして何より、声の物理的な問題を隠そうとする故だろうか(?)、表情をつけ過ぎている。また女声性を強調しすぎる。もっと凛と歌うべきだと思う。
これは好みの問題なのだろうか?
現在のところ、ベストはパトリシア・プティボン(ハーディング指揮/コンチェルト・ケルン)の昨年出た『恋人たち』というアリアベスト盤だ。プティボンは凛々しく鮮烈な歌唱を聴かせる。ピアニッシモの持続も素晴らしく、そのなかにも精妙な心の揺れが看取できる。高音は超人的ではあるが、それを感じさせない。儚げでもあり、光と影が知らぬ間に入れ替わる。
グルベローヴァはその点でも随分凡庸に思える。
人間の声を愛したモーツァルト。彼に愛された歌手たちを彷彿とさせるグルベローヴァの歌唱
★★★★★
このモーツァルトのコンサート・アリア集8曲中、K.416, 418, 419, 538の4曲は、モーツァルトの妻コンスタンツェの実姉であるアロイジア・ランゲのために書かれたものである。
アロイジアは、モーツァルトが定職のない貧乏作曲家であった頃、すでに人気プリマ・ドンナであったこともあって、モーツァルトの求婚を断わりモーツァルトに深い失恋の痛手を負わせた。しかし、二人の親交はその後も続き、モーツァルトは彼女のために多くのコンサート・アリアを書いた。上記の作品からは、アロイジアの優れた歌唱力を、うかがい知ることができる。
それにしても、おそるべし、グルベローヴァ! アーノンクール指揮ヨーロッパ室内管弦楽団のサポートのもとに、見事なコロラトゥーラの歌唱を聴かせてくれる。しかも、全曲ライブ録音(各曲に拍手が入っている)であることは、彼女の卓越した歌唱能力の証といえよう。1991年6月の臨場感溢れる録音。