著者ペーター・デメッツは、1922年に少数民族としてこの町に生まれ、第2次世界大戦後に強制追放されたドイツ人で、現在アメリカエール大学のドイツ文学と比較文学の名誉教授。全編を通して著者は、3民族に公平に配慮して多民族国家ボヘミアの歴史を冷静な目で見ている。特に、14世紀半ばにプラハに中欧最初の大学を創立したカレル4世と彼のもとに集まったルネサンス文化人たちの活躍について、また16世紀末から17世紀初めに世界有数の美術収集を行い、ティコ・ブラーエ、ケプラーなど科学者たちのパトロンであったルドルフ2世について、恵まれた語学力を駆使し、豊富な史料を引用して解説するとき、この比較文学専攻の著者の筆は冴える。
ただし公平であるはずの著者の態度も、15世紀の宗教戦争であるフス戦争とチェコ人とドイツ人の民族対立になると、ドイツ人のものに戻っている。チェコ人歴史家たちは、フス戦争を「ドイツ人に対するチェコ人の民族解放戦争」と考えるが、デメッツは中世当時に「近代的民族概念」そのものが存在したか、という点に疑念を感じ、結果、純粋な「宗教戦争」と見ている。また著者が体験した民族対立については、チェコ人の反独行為を取り締まるのに消極的なチェコスロバキア当局に対し、非難を隠さない。
最終章は著者のチェコへの里帰り旅行記である。自分を放逐した故郷に不安を感じていた著者は、屈託ないチェコ人青年層、現代化したプラハの風俗を目にして安堵感をいだき、「また来てみよう」とつぶやく。しかし諸民族の喜怒哀楽の歴史を秘めるプラハにとって、アメリカの旅券で里帰りした著者の姿はもはや異邦人だ。英語で初めてチェコ史を知ろうとする人に理想的な啓蒙書。(川村清夫)