ネット時代の翻訳
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この最新訳「ガリア戦記」は、thelatinlibrary.com上のオンラインテキストを使い、メーリングリストで、延べ20人近い参加者が読み合わせた訳文を、今回、訳者がTeubnerなど他版も参照し、書き下したものだそうです。ネット時代の成果です。
戦記は、BC58に3属州(内ガッリア・イリュリクム、ガッリア・ナルポネンシス)の管理権・軍事権・人事権を手中にした総督カエサルが、全ガッリア、更には海を越えてブリタンニア迄も、ローマの属州にしようとした記録。1年を1巻にまとめています。BC58〜BC52(1巻〜7巻)までは、カエサル自身の筆。蛮族(ガッリア人とゲルマーニー人)との血湧き肉躍る講談風戦争ルポの中に、機を逃さず襲うが、深追いはしない知勇を備えた前線指揮官、敵味方の兵士の心理を正確に掴み操縦でき、また地形や自軍の土木力・機動力を最大限に使える野戦総司令官、負かした敵への寛大な処置で、人情と暖かさがある総督、今では貴重な証言となった蛮族の文化や信仰、特有な思考回路等を鋭く洞察する文化人カエサルが躍っています。
しかし彼は、このルポでローマ中央政界への自己アピール、部下の政治的出世の後押し等も意図していたと見られ、理想的ローマ軍人の面を被っていたとも言われます。確かに、カエサルの部下ヒルティウスが書いたBC51〜BC50(第8巻)には、任期が切れるのを前に、カエサルが反乱集団の両手首を切り落としたり、捕らえた敵将をムチ刑で絶命させるなど、知仁勇の軍人というよりは、占領地の円滑支配のために、手段を選ばない非人間的な政治家の顔が見えます。またこの8巻には、カエサルが名文を早く書いた文章家だったことが記されていますが、この巻とそれ以前の巻の文章を比較すると、確かに日本訳ででも、カエサルの優れた文章力がはっきりわかります。