十八言語に通じ、粘菌、民俗研究の枠に収まらない知の巨人、南方熊楠が一気呵成に書き上げた自伝の傑作『履歴書』。父祖の伝記から自らの辿った人生に交えて、歴史、民俗、宗教、政治、科学、霊、性・・・と縦横無尽に語ります。生真面目と哄笑、神秘と科学が隣り合わせのその面白さは南方熊楠ファンの間では伝説的なものですが、文語体で書かれているため、読みにくいところもありました。
　本書は、そのわかりやすい現代語訳です。熊楠の人生の面白さの一つは、熊野で「仙人」のような孤立的な研究生活を送っているにもかかわらず、東西に及ぶその人脈の広さです。自伝でも有名・無名の様々な人物に言及されています。通常の読書では読み飛ばしてしまいがちな彼らについて知ることで、熊楠の自伝はさらに十倍面白くなるでしょう。
　本書では、今日忘れられてしまった熊楠の知人、その他、言及されている人名のほとんどすべてに詳しい注を施して、熊楠を中心とした「マンダラ」のような人脈を浮かび上がらせ、彼の生きた時代と世界を明らかにします。また、カタカナ語には原綴を付して、歴史、植物学などに関する詳しい知識がなくとも熊楠の世界を深く味わえるように工夫しました。