「おお、私の消え去った青春の日々、おお、私の消え去った愛よ」とスケッチに記されていたという第1楽章、最後は「死に絶えるように」と指定されて終わる第4楽章 ―― 。マーラーの死の1年前、1910年に完成されたこの交響曲は、ヨーロッパが生み出したあらゆる交響曲のなかでも、最も終末思想と関連付けられて考えられ、また日本のマーラーファンにもこよなく愛されている最高傑作である。これを演奏するということは、指揮者もオーケストラも、その芸術人生を最大限に賭けているとみていいくらいの重い作品である。
また、これはベルリン・フィルにとっても因縁の曲である。バルビローリ、バーンスタイン、カラヤン…。残されている録音は、それぞれがまったく「特別」な演奏として、いわく付きのエピソードとともに語り継がれてきたものばかりである。そして今回、アバドが1999年9月にライヴ・レコーディングしてようやく発売された新盤が、新たにその列に加わった。
「第7」同様、「第9」も、アバドの演奏は非常に骨太であり、いつもながらベルリン・フィルの安定感ある威力はすごい。しかし、それにも増して、静的な部分でのゆったりと歌うような、音楽の大きく自然な呼吸の流れが何と言っても素晴らしい。たとえば第1楽章冒頭から主題提示の雄大な歩み、そして展開部に入ってからの死を予告するような不気味なティンパニやハープが執拗に続ける4つの音の変容の味わい深さは、いままでの歴史的名演奏をもしのぐ充実ぶりだ。
マーラーが楽譜に記した、死を前にしたあらゆる想念 ―― 苦痛、痙攣、怒り、涙、惜別、詠嘆、少しばかりの幸福、誇り、諦念 ―― に、アバドは決して「溺れる」ことはない。時折、管の表情のグロテスクさや、弦の思わぬ濃密なポルタメントを見せたりはするが、絶望の淵に沈みこみはしない。かといって冷たく突き放した分析性ではなく、整ったフォルムの中には、やはり一筋縄ではいかない、いろいろな熱い思いがぎっしりと詰まっている。やはり、アバドならではの、聴き手に「考え」させてくれる演奏である。(林田直樹)
シカゴのジュリーニ、ロンドンでのクレンペラーだけでなく、マーラー自身の怨念までが脳裏によぎるような気がする神懸り的名演
★★★★★
1999年9月、ベルリン録音。完璧な演奏、完璧な録音。歴代の偉大な名盤がありますけども、クリアで立体的な録音を考えますと、一押しの名盤。第一楽章の鳥肌が立つようなフレーズも素晴らしいし、ハープや金管の音も明晰に、捉えられて居る。終楽章の諦観も圧巻。全体に生き生きとしたフレーズ感はこの指揮者の特徴なんでしょうなあ。曲の構築感の描出や指揮者の主張として、これに並ぶ演奏はあるんやろうが、磨き抜かれたベルリンフィルハーモニーの機能性、フィルハーモニーホールの音響の素晴らしさ、を考えますと、最後の主席ヴィオラによるソロが聴こえなくなってからも、数十秒拍手が躊躇われていた様子が想像でけます。
このパーフェクトさがよいテイク取りでなく、ライブというのもゴツい。
敢て難点をつけるとすれば、デジタル録音で全てを立体的にぼやけることなく捉える、という時代になっとりますから、それに応じた演奏、録音でして、終楽章の死への諦観、マーラーの有限の生の終焉の悟り、といった最後のクライマックスが余りに明晰(実際、諦観や悟りはよく、この演奏では歌われている)過ぎる、と20世紀に年寄のわては思いました。シカゴのジュリーニ、ロンドンでのクレンペラーだけでなく、マーラー自身の怨念までが脳裏によぎるような気がする神懸り的名演
アバドのマーラーなんて・・と言う事なかれ!弱音も味わい深く聴ける超優秀録音
★★★★☆
いつもの如く、マーラー好きでない私は、あの第4楽章でゆったり、非刺激的な演奏を求めて聴くようになっています。色々聴いていますが、まだ、本当にこれが決定盤、と言えるものがありません。ことに、このアダージオは、最速ワルター旧盤から最遅レヴァインまで聴いても、テンポに関係なく感銘を残す音楽ですので(この曲に名演でない録音はない、と言われていますね!)、なかなかどれがいいかを選ぶのは、難しいです・・(今後もっと遅い演奏が出るのは、難しそうです。)シノーポリ、クレンペラー(ウィーンフィル)を筆頭に、名盤がずらり。その中で、アバドの新盤は、ベルリンフィルの落ち着いたいぶし銀のようなオケの音色を始め、録音共々キンキンしたところがなく、旋律の歌わせ方にちょっと独特な所があり少し気になるものの、バランスが取れているためか、拍手のトラックなし(別トラックになっているので可能です)でいつまでも聞いていたい、と思わせるものを持っています。
さらに、バーンスタイン盤などと比べても、圧倒的に優秀な録音も聴き所です。このため、最後の弱音部の表情も本当に良くわかり、いつの間にか曲が進んで終わってしまっている、などということが起こりません。終演後拍手までの静寂もとてもいいです(すぐトラック終了という味気ないCDが多いので)。
アバドがベルリンに移り、近年は以前のような感動的な音楽をやれなくなっていると噂されていただけに、今回の録音は、おそらく病魔と戦いながら(それがまたこの曲との距離を縮めたのかもしれない)、彼自身が全精力を傾けた、命がけの真剣勝負の結果が表れた演奏だと思います。
透明度の高い演奏
★★★★☆
この曲をはじめて聴く人に勧めたいCD。
細部へのこだわりが半端でなく、曲の全体像が良くわかる。
第3楽章の迫力ある最後から一転して、第4楽章に至る流れでは、このCDに勝るものは少ない。
録音も大変に良い。
ただ、マーラーと心中するような演奏ではないので、物足りなさが残る人もいるかもしれない。
待望のアバドのマラ九再録音
★★★★★
アバドは「孔雀の羽」のジャケットをトレード・マークとした以前のマーラー・ツィクルスの中で「九番」をウィーン・フィルと録音していたがいまいちの出来であった。しかし、ベルリン・フィルを指揮した再録盤はなかなか聴き応えがあり、素晴らしい。第一楽章からしてアバドは荒れ狂っており、オン・マイクで捉えた大音響が怒涛の津波のように襲いかかってくる。第二、第三楽章のハイ・テンション、第四楽章の深い響きもウィーン盤を大きく上回る。アバド/BPOのコンビは94年のウィーン芸術週間でも同曲を取り上げており、それも凄まじい激演であったのでこちらも是非ディスク化して欲しい。
ちょっと臭い。
★★★★☆
バーンスタイン、ベルリンフィルのあの強烈な臭さに比べれば、どうってことないかもしれませんが、臭いです。バーンスタインのそれが、三日間はき続けた靴下、だとすれば、アバドは、高校の剣道部の部室、ってところでしょか。彼のマーラーの1番のときも思ったのですが、どうも青臭かったです。すっきり整理されつれたマーラーの9番が好きなひとにはあまりおすすめしないです。ただ、他の人が書いているのであまり書きたくないですが、4楽章後半から最後にかけては、これはかなりの絶品です。4楽章と拍手のみだったら5星かな。