この作品は昭和54年に上梓されたもので、物語の設定年代はおそらく戦後以降当時より少なくとも数年以上は以前である。でなければ、文庫裏表紙の作品紹介にある「読み書きさえとりあげられ、大人たちの打算にもてあそばれるみじめな孤児」の説明が現実味を帯びてこない。まずはそのように意識して読み進めなければ、この物語のヒロインが置かれた立場の悲惨さが、そもそも理解不能になってしまう。なぜなら現代社会の一般常識では「ありえない」からだ。設定上、無理があるというか、特に登場人物を巡る企業の在り方などは、誡明不足も否めないように思うが、飽くまでこれは無垢な少女の「愛の物語」であり、その点には目を瞑るべきか。
その出自の秘匿性の所以で大人たちの打算にもてあそばれるヒロインが、自らの意志で禁じられた愛を選択するまでの物語に、様々な人物模様の愛憎がアラベスクのように織り成される。著者の独特の詩的な言い回し・文章構成は、現代のエンタテイメント小説に慣れ親しんだ読者諸氏には、読み辛い向きもあるだろう。しかし物語とは別に、この日本語の美しい響きを是非堪能してもらいたいと思う。
本書の主人公の孤児の少女は、前作までの二人よりさらにひどい境遇で暮らしている。学校に通わせてもらえず、10代半ばまで字もまともに読めずに育ったのだから。今まで以上に応援してあげたくなります。
シリーズ前作まではわずかながらもミステリの味付けがしてあったのに、本書はほぼ恋愛小説。強いてあげれば少女とはいえ一人の女性、心が寒くなるような恐さ・女性の心の動きを見せ付けられるあたりは心理サスペンス風(かなり強引だけど)。
佐々木作品には、ある作品ではチラッと名前だけしか出てなかった人物が、他の作品では重要人物、ということが多々あります。「花嫁人形」にもそういう人が出てきます。注意して読んでください。次作を読むまでに、ほんのちょっとした名前も忘れずに。